政宗かぶれの正志くん
バイトの面接に行ったのは1年生の夏だけれど、最初は客としてこの店に訪れた。


大学入学のため上京してきた春。


慣れない一人暮らしと作っても美味しくない自分の料理に内心疲れていたのだろう。


自分のアパートまでの道のりをトコトコ歩いていて、ふと右手に見つけた『ほのぼの食堂』という暖簾に惹かれたのは当然だと思う。


ガラガラガラ…と音を立てる引き戸の中には4人掛けのテーブル席が3組並んでいて、左手前から奥に向けてカウンターがあった。


入ってすぐ右手にはてっぺんに金色の星がつけられた私の背くらいの観葉植物が置いてあった。


客は、1人。


カウンターの一番奥に座っていた。


「いらっしゃーい」という野太い声の方を見ると、カウンターの中に熊発見。


客だと思ったおばちゃんが「嬢ちゃん、何にする?」と水を運んで来て、彼女が店員だと知った。


ペンキの塗りムラが気になる壁には短冊に達筆で書かれたメニューが1枚づつ貼られていて、そのラインナップは和洋折衷。


ピンクの短冊にオムライス(800円)と貼られていて、その横に水色の短冊に糠漬け(300円)。


赤の短冊に刺身(その日の気分でカルパッチョ、時価)と貼られていて、その横にイチゴパフェ(春は300円、夏秋はなし、冬は600円)。


など、謎を呼ぶラインナップ。


目の前で包丁を研いでいる熊を目の当たりにしてカウンターに座ったことを心底後悔したのを覚えている。





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