政宗かぶれの正志くん
常連客の一員となるのはすぐだった。


どうにもこうにも居心地が良かったのだ。


人相と口が悪いこの『ほのぼの食堂』が。


熊もとい店長が自らリフォームしたペンキムラだらけの壁も、少し傾いているカウンターも、諦めたらしい汚い換気扇も、星が刺された観葉植物も、何故か『ほのぼの』してしまう。


恐るべし、ほのぼの食堂。


値段もそれほど高くなく、若い常連客の女が私しかいないということで他の常連客さんたちがたまに奢ってくれるなんてこともあり、お財布にも優しい。


イチゴパフェ(春は300円)のイチゴアイスが美味しくて美味しくて「これ、大好き!!」と言った次の日から、店長の奥さんがすごく優しくなり、贔屓してくれるようにもなった。


後にそのイチゴアイスは奥さんの渾身の一品だったと知った。


夏前、奥さんの妊娠が発覚した。


詳しくは聞けなかったし今も聞いていないけれど、出産は諦めていたらしく、突然の出来事にその場に居合わせた客は硬直した。


奥さん、営業中に店のトイレで検査薬を使ったから、トイレから雄叫びがしたし。


店長は奥さん抱き締めて5分くらい号泣して、その後自宅まで抱き抱えて送って行っちゃったし。


残された客、困惑。


常連客ばかりだったから良かったものの。


常連客の1人がおばちゃんの連絡先を知っていたから急遽呼び出して、何とか会計して帰ることが出来た。


おばちゃんと半分づつくらいで手伝っていた奥さんは店長命令で出産まで自宅安静となり、ほのぼの食堂は人手不足となった。


そして、店長直々のスカウトで、私のバイト先は決定した。
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