無題
ラティが元気に走って行ったのを見て、母親であるマリナはため息をついた。





そうして男の方を振り返る。


「…本当に大丈夫なのよね、ダナイ。」









ダナイと呼ばれた男はティーカップを静かにテーブルの上に置いた。


「ああ、問題無い。…ま、相変わらず未来はぼやけているけど。」

何か面白いことが起きそうだ、と何だか楽しそうなダナイの様子に、マリナは苛立った。







「結局、あなたのお師匠様も分からなかったのよね。原因が。」




世界屈指の【予知師】でも分からなかった、未来のぼやけの原因。

それが何を表しているのか。







「師匠が分からないのなら、全ての予知師は尚更だ。諦めろ。」
「なんですって?」






突然そちらからやって来たから、ラティに何かが起こると思ったのだ。

それなのに、諦めろとしか言われなかったら腹も立つ。









「まあまあ、落ち着けって。僕だってただ諦めろと言っている訳では無いよ。だからここにいるのだし。」




その言葉にマリナは首をかしげる。
「どういうこと?」

「師匠からのご命令なものでね。今日と、少なくとも明日までは、ここにいてその子を守るようにって。」





マリナは眉を寄せた。スカイブルーの目に強い光が宿る。




「それって、何かが起こるってことじゃない!何が問題無いよ!大アリだわ!」





その剣幕にダナイは怯むことなく、再びティーカップに口を付ける。

仄かな紅茶の香りが、ダナイの心を落ち着かせる。




ダナイだって、内心は焦っていた。
師匠が他人の未来を見ることは滅多にない。ましてや、その弟子のものとなれば尚更だ。

その師匠が、ここ数日は自分の未来を見てはなにやら思案していたのだ。不安にもなる。






だのに、肝心のことは教えてはくれないし、愉しそうな笑みを浮かべて人をおちょくってくる。何度殺めてやろうかと思ったことか。









「安心しろ。死にはしないし、五体満足で、この峠は越える。むしろ…。」

危険なのはお前の方だ。




ダナイの言葉に、またもやマリナは首をかしげる。


「私?なぜ私が。」

「………」








ダナイは慎重に言葉を重ねる。
「いいか、普通ならあの子につくさ。それはわかっているだろう?」

「当たり前よ。」

「だが、それなのに僕はここにいる。それはなぜか。」





マリナは暫し考えた。


自分についたところで、この人には利益がないはずだ。だが、この人は現にここにいる。可能性として考えられるのは…。








「私は…。」

声が震える。涙で目の前が霞んだ。

本当は、この人が残った時点で気が付いていた。でも、気が付かないようにしていたのに。












「私は、死ぬのね。」

その瞬間、ダナイの目に鈍い光が宿った。
それが、何よりも答えを示していた。
たまらず涙がこぼれる。そんなマリナに、ダナイが寄り添うことは無い。
慰めることも。








それは、彼が予知師故に。
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