先輩、一億円で私と付き合って下さい!
「まあ、とにかく今夜はゆっくり話そう」
 先ほど運ばれてきた、父が勝手に注文したサイダーの瓶を手にし、それを俺のグラスに注ぐ。
 炭酸の泡が皮肉にも爽やかに立ち上った。

 父は、酒でも飲むのかと思ったが、以外にもミネラルウォータを用意されていた。
 懐から包み紙を取り出し、それを口に含んで水で流し込んだ。
 それをゆっくりと飲み干してから苦笑いする。

「私も年を取ってな、色々と薬の助けを借りないといけなくなったんだ」

 そんな事知るかと俺は何も反応しなかった。
 父はそれにめげずに、俺に色々と話し出した。

 俺が学校でいい成績を収めてること、母親思いに優しく育ってること、何もしてやれなかったのに、立派になってることを大いに褒める。

 俺を持ち上げるだけ持ち上げ、その後は単刀直入に将来は医者になって病院を継いで欲しいと言ってきた。
 あんたにももう一人息子がいるだろうと皮肉っぽく言ってやりたかった。

「答えを出しにくいのはわかってる。でも慎重に考えて欲しい」

 俺は何も言わなかった。
 やはり唐突に父親に会うのは失敗だったのかもしれない。

 どうしてもわだかまりが壁となって俺は跳ね付けてしまう。
 会話は全く弾まなかった。
 父もそれを承知しているのか、無理に話しかけてはこない。

 また給仕が現れ、小鉢に入った料理をいくつか運んできた。
 上品にちょこっとだけ盛り付けされて、味見程度に一口しかない。

 傍で給仕が料理の説明をしているが、俺の耳には一切何も入ってこなかった。
 給仕が去っていくとまた沈黙が続き、気まずい気持ちを隠すように、俺は箸を取って食べるしかなかった。

「嶺は……」
 ふいに父が話しかけてきて、俺は条件反射で顔を上げた。
< 113 / 165 >

この作品をシェア

pagetop