先輩、一億円で私と付き合って下さい!

 通夜は夕方からだと聞いていたが、次の日、俺は学校の帰りに家を訪ねてしまった。
 それがどれだけ非常識であっても、礼儀を弁えろといわれても、どうでもいいというくらい、ノゾミに会いたかった。

 まだこの時点では現実味を帯びてなかったが、葬儀の飾り付けが目に入った時、押しつぶされそうに怖くなった。

 関係者の人たちが黒い服を着て出入りしている。
 俺は遠慮もなく、ドアが開きっぱなしの玄関へと向かった。

 誰かが対応してくれたおかげで、志摩子と会う事ができ、志摩子は丁寧に挨拶して、俺を歓迎してくれた。

「来てくれたのね。ノゾミも喜ぶわ」

 辛いだろうに、俺には笑顔を見せていた。
 いつものほんわかとした優しさがそこにあった。

 部屋の奥。
 シンプルでいてコーディネイトされていた素敵な部屋は、全く違う悲しみの部屋に変貌していた。

 ノゾミは布団に寝かされて、顔に白い布を掛けられている。
 志摩子はノゾミの傍で正座して、そして布を取り除いた。

 青白く、冷たく横たわるノゾミはただ眠ってるようにしか見えなかった。
 俺は呆然としてしまい、発狂して大声を上げそうになるのを必死でこらえて震えていた。

 後ろから誰かが肩に手を置いた。
 振り返ればノゾミの父親だった。

 いつもはコックスーツを着てパティシエそのものの姿なのに、黒いスーツをまとっていると、ただのサラリーマンに見えた。

「天見さん、色々とノゾミがお世話になりました。ありがとう」

 嗚咽を堪えて必死に俺に語りかけていた。
 俺は何も言えなかった。

 力なく、ノゾミの傍に座り込み、俺はノゾミの顔を見つめる。
 付き合ってる間、キスの一つもできなかった。

 それ以前に俺はノゾミと接している時、まともに名前すらちゃんと呼んでなかった事に気が付いた。

「ノゾミ」

 もっともっと優しくしてやればよかった。
 今頃になって後悔が募る。

 後ろで誰かが俺の事をコソコソと話している。

「あの男の子誰? ノゾミちゃんの彼氏なの? うそ」

 親戚なのだろうけど、肉親と違って悲しみの度合いが薄そうだった。
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