先輩、一億円で私と付き合って下さい!
「大丈夫か」
 ノゾミは目に涙を溜めて俺を震えるように見ていた。

 上級生から睨まれ、人気のない所に連れてこられて怖かったのだろう。
 それでも必死になんでもないように振る舞おうとしていた。

「だ、大丈夫です。その、別に、大した問題じゃなくて」
「何が大した問題じゃないだ。俺が関係してるから、こんなことになったんだろ」

「いえ、そんな」
「嘘ついたところで、ばれてるんだよ。無理するな。だけど、すまなかったな」

「天見先輩が謝る事ないです。これは私の問題ですから。私が無理やり頼んだから」

「その要求をのんで返事をしたのは俺だ。承諾した以上、俺にも責任はある。一億円で三ヶ月の交際の約束とはいえ、その間、お前は俺の彼女っていう事は事実だ。返事した分、俺はそのつもりでお前を彼女と認め、そして守る義務がある。付き合うってそういうことだろ」

「そ、そうなんですか?」

「おい、なんでそこで疑問形になるんだよ。俺の事が好きなんだろ。だったら全力で来いよ。お前の願う通り、俺はお前の彼氏だ」

 おれも結構酔ってたのかもしれない。

 自分でもかっこつけてるってわかっていたが、なんだか気持ちよく自尊心が疼いていた。

 人はシチュエーションを与えられると、それに馴染んでくるのかもしれない。

「天見先輩……」

 ノゾミは目を潤わせて、迷える子羊のように震えて俺を見ていた。

 女の子だから、こんなシチュエーションは少女漫画の展開のように感動するのかもしれない。

 俺はそんな物語のヒーローらしく、さらなる演出をする。

「ほら」

 肩にかけていた鞄を床に置き、掌を上に向けノゾミに差出した。

 だけどノゾミはそれを見て、キョトンとしている。

「なんでわかんねぇんだよ。こっち来いよ」

 俺はノゾミを労わってやろうと、彼女を引き寄せ抱きしめた。

 ノゾミは戸惑いながらも、俺の力に抗えずに、俺に抱きしめられるまま大人しく突っ立っていた。

「怖かっただろ。もう大丈夫だ」

 俺の言葉が引き金となって、ノゾミが肩を震わせ出した。

 泣くだろうと思っていたが、その通りに素直に泣いている。

 俺の言葉で緊張が解け、ノゾミも俺のなすがままを受け入れた。

 俺も気障な事をやってる自覚はあるが、素直に俺の腕の中に納まっているノゾミを見れば、間違ってないと変に自信もあった。

 暫く俺の腕の中で甘えろ。
 俺のためにイチゴタルトを作ってくれたお礼だ。

 そう思う事で、舌先に少しだけ味わったタルトの風味が甘く爽やかに蘇り、俺自身もまた優しい気持ちなって、心地良くなれるような気がした。
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