先輩、一億円で私と付き合って下さい!

 俺に惚れてるのなら、ノゾミは無条件で『それ』を受け入れる。
 俺は少なくともそう思っていた。
 だが俺は胸を強く突かれて弾かれた。

「えっ」
 思わず声が漏れ、ノゾミに押された胸が熱を帯びたようにじんじんと次第に痛みだす。

 狭い空間の一番隅でノゾミは顔を覆い、俺に背中を向けている。
 逃げようにもそれ以上逃げられず、追い詰められるように身を小さくして、もぞもぞとしていた。

 俺はすっかり動揺してただ突っ立っていた。
 でも心は虚しさと寂しさと恥かしさが混じり合って、いたたまれない。

 素直に謝るべきなのか、おどけて開き直って誤魔化すべきなのか。
 どっちにしても辛いモノがあった。

 俺は何をしてたんだ。
 自分を縛り付けていたかっこよい自惚れの部分がつるっと飛んで、殻を剥かれたむきエビみたいに、弱々しい部分がさらけ出される。

 はっきり言って、逃げ出したくなるくらい気まずい。
 俺が戸惑って声を詰まらせている間もノゾミは隅でもそもそと動いていた。
 やがて、俺に背中を向けたまま声を絞り出した。

「あの、その、ご、ごめんなさい」
 ノゾミには非がないのは確かなのに、申し訳なさそうにオドオドとしていた。

 その態度に俺は恥じてかぁっとしてしまう。
 俺は一体何をしているんだ。

「いや、俺が悪かった。あまりにも強引だったかも…… その、あの」

 それでも男らしくなく、俺は弁解する。
 まだ充分な謝罪を俺が言い切らないままに、突然ノゾミは声を荒げた。

「ち、違うんです!」
「えっ?」

「そ、その、鼻血が……」
「は、鼻血?」

「はい。すみません」

 俺に背中を向け、もぞもぞとしている。
 そういえば昼も鼻血を出していた。

「もしかして、刺激が強かったとか?」
「そ、そうです」

 なんということだろう。
 俺の顔をまじかにして、キスを迫られたくらいでこれほどまでに興奮して鼻血ブーになるとは──

 なんだかかわいいじゃないか。
 真実を知ると、俺はほんわかと和んできた。
 無性におかしさがこみ上げる。
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