先輩、一億円で私と付き合って下さい!
「えっ? 既婚者じゃなかったんですか? 俺はそう聞いたんですけど……」
「誰に? ノゾミ?」

「はい。結婚してる事を隠してたから、別れてよかったってそんな事を言ってました」
「ちょっと待って、そんな」

 姉は相当ショックを受けている。まるで初めて真実を知ったというような──しかし、なぜそんな態度を今頃するのだろう。

「知らなかったんですか?」
「えっ、嘘、どうして、そんな」

 俺に助けを求めるような目を向けているだけで動揺しきっていた。

「あの、直接確かめて見たらどうでしょう。間違いって事もあるかもしれないし」

 俺も正直なところ何も知らない。
 ただノゾミがそういっていただけにすぎない。

「でも、なんでノゾミがそんな事言ったんだろう。私の彼氏の事なんて何も言った事ないのに。まあ、確かにイライラして、ヤケクソでケーキを食べに来てたけど……」

 姉が言いたかったことは、自分の態度で失恋したことを妹に見破られたけども、彼氏の事もよく知らずに既婚者と言われる筋合いはないということだ。

「あの、俺には関係ないので……」
 込み入ってきた話に俺が逃げ腰になっていると、がしっと腕を掴まれた。

「ちょっと、天見君。こうなったら付き合って。一緒に彼が既婚者か確かめましょう」
「えっ、なんで俺が?」

「あなたがそう言ったからでしょ」
「それは俺じゃなくて、あなたの妹が」

「口にしたからにはあなたにも責任はあるわ」
「そんな」

 俺はノゾミの姉に引っ張られるまま連れて行かれ、駅前で待っていたタクシーに押し込められ、一緒に乗り込んでしまった。

 なんでこんな事になるのか。
 タクシーが発車し、行き先のやり取りがされるのを尻目に、俺は窓から移り変わる景色を眺めて溜息を吐いていた。
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