先輩、一億円で私と付き合って下さい!

 着いた先はオフィスビルが集まる街の中心部だった。
 タクシーは道路の端に寄り、歩道に降りればすぐそばで人がひっきりなしに行き交った。

 ざわめく雑踏。
 油断のならない緊張感。

 ぼやぼやしてると後ろから邪魔だと言われそうに、俺はそこでオタオタとしてしまう。
 ノゾミの姉──そういえばまだ名前を聞いてなかった。
 声を掛けようにも、なんと呼んでいいのかわからず、俺は躊躇してしまった。

「さあ、行くわよ」
「行くってどこへ」

「彼の会社よ」
 聞いた事のある社名が入った前方のビルを指差していた。

「そこに行って何をするんですか」
「確かめるのよ、本当に既婚者なのか」

「なぜそこで、部外者の俺が行かないといけないんですか」
「一人だったら怖いじゃない」

「えっ」

 積極的に見えて、内心はかなり恐れている。
 信じたくない気持ちもあることだろう。
 一人だと心細くて、とにかく傍に居た俺を連れてきてしまった。

 成り行きながらここまで来てしまうと、協力せざるを得ない。

「それで、どうするんですか」
「わかんない。天見君、訊いて来てよ」

「どうやって訊けばいいんですか。見ず知らずの者がいきなり会社に行って、掛けあってもらえるとも思わないけど」
「そんなの自分で考えてよ」

 なんと全てを俺に丸投げしている。
 目の前でオロオロとして親指を噛んだり、目がきょろきょろとして挙動不審にうろたえていた。

 この調子では、相手に見透かされて、また嘘を上乗せされ丸め込まれるかもしれない。
 仕方がない。

 俺はその彼の名前を始め、色々と情報を訊き出した。
< 62 / 165 >

この作品をシェア

pagetop