先輩、一億円で私と付き合って下さい!
 下北日出男、35歳、第一営業課長。

 明るくて頼りがいのあるハンサムな男だそうだが、そういう奴ほど女慣れしているというものだ。

 今はまだ仕事中だが、さっき受け取ったメールでは本日の夜に会おうと連絡してきたらしい。

 彼の仕事場は知っていたが、特に訪れた事もなく、連絡はいつもメールのやり取りをして、基本的に下北日出男の方から電話があるとのことだった。

 出会ったのも、しゃれたバーで、向こうから積極的に声を掛けられた事をきっかけに連絡を取り合い、いつしか自分にベタ惚れとなり、まるでお姫様を扱うように大切にされてきたと言っている。

 まだこの時は信じたい気持ちと、出会った時のなれ初めに心ときめくのか、のろけを聞いているようだった。

「それで自ら独身と言ったんですね」
「左手の薬指には指輪はなかったし、はっきりとそういってたから、それで私もつきあってもいいかなって思った」

「付き合って4ヶ月、まだまだ知り合って間もないですね。嘘をつかれていても、隠し通せる時期ですね」
「本当に既婚者なの?」
「だからそれを今から訊いてきます」

 俺は彼女のスマホを借り、ヤケクソも入っていたが、体に力を入れて、目の前のビルへと向かった。

 自動ドアを潜れば、スーツを着た男たちがせわしく歩き、その正面には受付の女性が二人座っていた。

 俺は背筋を伸ばし、そこに向かい、堂々とした態度で対応した。

「第一営業課長の下北日出男に会いたいんですが」
「失礼ですが、どちら様でしょうか」
「叶谷といいます。そういって頂けるとわかります。ここに来るように言われたので」

 学校の制服を着ている俺を親戚のものと思ったのか、下北からの指示だと言うと変に疑いはしなかった。

 すぐさま電話を手にし『叶谷様がいらっしゃってます』と口にすると、問題なく電話は切れ、呼び出してもらえたようだ。

「すぐ参りますので、アチラの方で座ってお待ち下さい」

 俺は頭をさげ、手を差し伸べられた方へ向かう。
 そこには応接セットのソファーが添えられて、外から来る客をもてなす空間があった。
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