先輩、一億円で私と付き合って下さい!
 そのソファに腰を掛け待つ事5分。
 グレーのスーツを着た浅黒の男が、受付に現れた後、俺の方へと歩いて来た。
 周りを見渡し、知ってる顔を探しているが、俺以外そこに居ないので困惑した表情をしていた。

「下北日出男さんですね」
 俺が声を掛けると、太い眉毛が露骨に動いて眉間に皺を寄せていた。

 訝しげに俺を見つめる顔つきが、とても邪悪にテカッている。
 ギトギトとした油ギッシュな見かけが、勢力溢れ、女性には男らしさとして映りそうだった。

「誰だ君は?」
「いえ、名乗る者でもないんですが、ちょっとお伺いしたい事がありまして」

 俺がソファーから立ち上がると、身長は俺の方が少しだけ高く、下北は少し怯んでいた。

「一体俺に何の用だ」
「あの、下北さんはご結婚されてますよね」

「はっ? 一体何が目的だ。見たところ高校生のようだが」
 あっさりと「はい」と言ってくれればいいものを、警戒していて、はぐらかされた。

「俺は高校生探偵なんです。そういうの聞いた事あるでしょ。有名なところで薬を飲まされて小さくなった奴とか」
「はっ? 探偵?」

「はい、実は今妊娠している奥さんから、浮気調査を頼まれまして」
「えっ、彩也子が?」

 引っかかった──

「はい、サヤコさんも、半信半疑みたいで、正式に頼むよりも趣味で探偵やってるような俺に軽く頼んだということです。それで調べましたら、叶谷さんという方が浮上しまして、とても美人な女性ですよね」

 全くの作り話だが、切羽詰まった発想の転換だった。
 しかし、上手く乗ってくれた。

「おい、彩也子になんて報告するつもりだ」
「見たままを、”奥さんの彩也子さん”にいうつもりなんですが、その前に下北さんにご報告した方がいいかなと、なんとなく思いまして、事によっては黙ったままの方がいいかなって、奥さん大事な時期ですし、話が話ですしね」

 交渉の余地を見せれば、すぐさま食いついてくれた。

「彩也子が払う額よりも多く払うから、このことは黙ってくれないか」
「そうすると、下北さんは”このご結婚”を壊したくないってことですね。彩也子さんが大切な奥さんだと認めていらっしゃるんですね」
< 64 / 165 >

この作品をシェア

pagetop