先輩、一億円で私と付き合って下さい!
 俺もすぐ追いかけようとしたとき、下北が話しかけてきた。

「高校生探偵さんよ。お前もいつか俺の気持ちがわかるときがくるかもな」
「はっ? そんなのわかんねぇよ。俺はお前みたいにはならない」

「男はチャンスがあったら、みんなこうなるよ。案外とお前の親父もそうなんじゃないのか」

 恥かしさを紛らわそうと俺に八つ当たるただの悪足掻きにすぎない。
 だが、実際自分の親父はそうであったから、たちが悪い。
 俺はカッとなるも、必死に抑えた。

「俺に八つ当たるのなら、俺もそのお返しをするくらい何の問題もないんだからな。口には気をつけな」

 最後に証拠が入ったスマホを下北の目の前にかざして、俺は踵を返した。
 前方ではユメが背筋を伸ばして怒りながら闊歩している。

 追いかけて肩を並べてユメを見れば、彼女の頬には濡れたものが伝っていた。
 俺は無言で、スマホを突き出す。
 彼女はそれを手にして暫く考えたあと、立ち止まってスマホを操作していた。

「こんなの残してたら運が悪くなるわ」
 そう言って、折角手にした証拠を抹消していた。

 奥さんに告げ口して復讐することだってできたはずなのに、彼女は生まれてくる子の事を考えたに違いない。
 潔く忘れようとするユメの態度がかっこよく俺の目に映った。

 俺は頼まれたわけでもなく黙って暫く夢と肩を並べて歩き、ユメにつきあっていた。
 そしてその流れで食事に誘われたという訳だった。

 ユメは今では気を取り直し、俺が豪快に食べてる姿をにこやかに見ていた。
 コーヒーのポットを持ってたウエイトレスが傍にくると、ユメは二杯目を催促する。
 カップに並々注がれると、砂糖とクリームを入れ、それをゆっくりとかき回し呟いた。
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