先輩、一億円で私と付き合って下さい!
 ノゾミと数日顔を合せなかった間、俺のバッグのピンクのマカロンが視界に入る度に、却ってノゾミの事を考えるようになってしまい、これもまたノゾミの作戦だったのではないかと疑ってしまう。

 そして土曜日がやって来た時、朝待ち合わせの場所でノゾミを待つ俺は落ち着かなかった。
 どんな顔をして会えばいいのだろうか。

 幸い天気はいい。
 気分的にはすっきりするのだが、この場所はあまり好きではなかった。

 セイの家の近くの最寄りの駅前。
 街の中心に近く、ビルが密集しごちゃごちゃした雑さと閉塞感が漂う。

 開けている分住みやすいのだろうけど、その分お金もある程度稼げなければ、そういう場所には住めない雰囲気がした。

 自分には縁がなく、それでいて、排除されている締め出しを感じる。
 卑屈になっている自分の心が、なんでもない景色を歪ませて見せてしまった。
 きっとそれが顔に出ていたのだろう。

 不意打ちにノゾミが現れ、「おはようございます」と頭を下げた後、不安げに俺を見ていた。
 久しぶりに顔を合わせたというのに、また俺は気を利かさず、そっけない。

 こういう時は、「元気にしてたか」と普通続けそうなものだが、この場合もっと先を進んだ会話がなされてもよかったかもしれない。

 例えば「少し会えなくて寂しかった」とか、「久々に会えてうれしい」とか、付き合ってるのなら恋人を喜ばせる言い方があるだろう。

 わかっているのに、「ああ、おはよう」だけで俺は済ませていた。
 ノゾミは全力でぶつかって来てると言うのに、俺はそれに甘んじている。
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