ひだまりのようなその形に幸福論と名前をつけたなら
学期はじめということで授業も無く、早く帰ることが出来た。
いつもどおりアパートに帰宅すると、おかえりの声が聞こえてびっくりしてしまった。


「…うっわ、こんな時間からお酒飲んでるー…」


リビングを見ると、ローテーブルにチーズを置いた誘拐犯さんがちびちびとお酒を飲んでいた。
まだ昼過ぎである。顔は既にほんのり赤いし、さすがに早いだろうとあからさまに怪訝そうな顔を作ると、誘拐犯さんがいつもより幾分か砕けた口調で言った。


「今日仕事休みだし…疲れてんの、俺も…」


缶をゆらりと揺らしながら言う姿は妙に色っぽい。
そっと目を逸らして、何かおつまみでも作ってあげようと台所にたった。

冷蔵庫にあるものを適当に炒めてローテーブルに出すと、私をちらりと見た誘拐犯さんが「さすが」と笑った。
此処に座れというように隣を指示され、私は大人しく隣に腰を降ろす。
そうすると誘拐犯さんは満足げに笑った。

…何というか、この人は酔うと子供みたいになるんだな。
何だかとても新鮮で、ちびちびと飲み進める誘拐犯さんを暫く眺めていた。


「やっぱさ、秋はお酒だよね」

「いや、知らないけど。ていうか秋っていってもまだ暑いよ?」

「でももう9月だし」


会話のポジションもいつもと逆である。
普段もお酒は飲むけれど顔が赤くなるほど飲むことはないので、こうして酔っている姿は本当に新鮮だった。


「…なんか、あんまり美味しくなさそうに飲むね」


あまりにちびちびと飲むものだから、見ているうちにそんなことを言ってみた。

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