ひだまりのようなその形に幸福論と名前をつけたなら
誘拐犯さんは、時々疲れた顔で帰って来ることがあった。
そんな時は何も声を掛けず、静かに夕飯を食べて、静かに眠る。
2人で暮らしていれば当然相手の様子もよく分かって、けれど私たちはそこまで興味を示さなかった。
ただ何も言わず自分のリズムで、自分が気持ちのいいように過ごす。
そういうルールが、いつの間にかできていた。
都会の片隅。駅から徒歩10分の住宅街から逸れたアパートの一室で、2人ひっそりと時を過ごす。
あまりの静けさに、ここが東京だという事を忘れてしまいそうになることもあった。
以前、ここって本当に東京なの?と聞いた事があった。そうすると、
「23区だけが東京じゃないよ」
と、こう返された。
「誘拐犯さん、私別にそんな答え求めてないー!」
じたばた、駄々をこねる子供のように騒いでいれば、額をぴんっと指で弾かれる。
誘拐犯さんお得意のデコピンも、何度も何度も喰らった。そろそろおでこに穴あくかなってくらいには喰らった。
誘拐犯さんの手は男の人にしては白くて細く、繊細な手。
持ち主とは正反対なようで、実はよく似ているなと思ったりもした。