ひだまりのようなその形に幸福論と名前をつけたなら

分かっている。あの日々はつかの間の幸せで、ずっと続くわけはないということ。それでも、この部屋にいると世界で一番私が可哀想な気がしてくる。
こっちが私の日常で、あれは非日常。もしかしたら夢だったのかもしれない。
そう割り切って心まで切り離せてしまえたら楽なのに、誘拐犯さんの温もりと息遣いが確かに残っていて泣きたくなる。これは一体なんだろう。平たく言えば、胸を焦がすような執着というのが適当だろうか。

そんなとき、スマートフォンが震えた。
知らない番号。一体誰だ、こんな時に。


「……もしもし」


話す気力はある筈も無いのに、なぜかスマートファンを耳に当てていた。
久々に出した声は、きっと恨めし気に歪んでいただろう。


『もしもし。生きてる?』


男の人の声だった。
電話越しでは少し声が違うけど、名前を聞かずともすぐに分かる、声。
私は混乱する。当然だった。だって、そこまでする理由が分からない。懐いた女子高生がいじけて家に帰ったからといって、一体どこにデメリットがあるのだろうか。

心配して追いかけて来るなんてことはないと、ある種絶対の自信のようなものまであったのだ。それほどまでにあの2週間、彼の私に対しての興味は特筆すべき点がなかった。


___だというのに。


「…なんで、」

『心配だったから。学校にかけたら、番号教えてくれた』



あっけらかんという誘拐犯さんに、私は何も言えなかった。

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