ひだまりのようなその形に幸福論と名前をつけたなら
(5月中旬 月曜日)
次の日私は目を赤く腫らして目を覚ました。誘拐犯さんにしがみ付いたまま、いつのまにか眠りこけてしまったらしい。
コーヒーの香り。
隣には布団の抜け殻があって、代わりに頭を撫でる手。誘拐犯さんはコーヒーが好きだな、お酒も好きだから苦いのが好きなのかなあと、ぼんやりとした頭で考える。
撫でてくれる手が心地よくて、このまま寝たふりをしてしまおうかとも考えた。
けれど誘拐犯さんは起きた私に気付いてこちらに目線をやる。
「…あ、起きたの。おはよう」
「うん、おはよう。今日、お仕事は?」
「休んだ」
今日は月曜日だったので疑問に思って尋ねると、誘拐犯さんはきっぱり答えた。普段仕事をすぐに休むような人ではないと知っていたから、少しだけ驚いてしまった。
時計は9時30分を指していて、電車の時間は過ぎている。
今からだと学校遅刻だなぁ。そんな呑気なことを考えていて、ふと怒った担任の顔をが浮かんで飛び起きた。
「学校…!」
「電話しといたよ、大丈夫」
私が焦るのを予想していたかのようにすぐに返ってきた返事にひとまず安心する。
そして、あれだけ私の親戚を名乗るのを嫌がっていた(もしくは学校に行くことを嫌がっていた)誘拐犯さんが自ら学校に電話をしてくれたことに驚く。
「…俺だってそれくらいするよ、変な物見るような目やめなさい」
「あだっ」
デコピンされてしまった。
この人は私の心の中を読む能力でも持っているのだろうか。