ひだまりのようなその形に幸福論と名前をつけたなら
窓の外は陽が射して、西日が射すこの部屋はいつも通り暖かい。
春と夏の間。人肌の様な気温だなあと思ってふと思いついたことは、いつでもできる、とても単純なことだった。



「誘拐犯さんと、お散歩したいかな」

「…そんなことでいいの?」


桜は散ってしまったけれど、誘拐犯さんと歩けば多分何でも楽しいだろうなと思ったのだ。
あたたかな日差しの下で誰かの隣を歩くこと。そんな単純なことさえいままで一度だってしようとしなかった。


「そんなことって、他にどんなことがあるの?」

「…君なら、もっとお金のかかりそうなこと言うと思ってた」

「例えば?」

「……犬飼いたい、とか」

「残念、私は猫派です!」


この人は一体に何を想像していたのだろう、そう思って尋ねてみれば、呆れているのか何なのか、期待外れだとでもいうような目で言う誘拐犯さんは答えたので、私は拗ねたふりをした。


「…まぁ、君がしたいならしょうがないかな」


私の演技を真に受けることなく言った誘拐犯さんは、さらりと私の頭を撫でた。

この人は時々、本当に優しそうな目をするなあと思う。もしかしたら、私に違う誰かを重ねているのかもしれない。

それでも今は、2人で外に出られることへの嬉しさが勝った。
余計な考えは取っ払って、誘拐犯さんが買ってくれた素敵な洋服に着替えるべく立ち上がる。

ごちゃごちゃと考えなくても誘拐犯さんが優しいことに変わりはないし、今、この人は私のすぐ傍にいるのだから。


「どこか行きたいところはある?桜はもう、見れないけど」

「どこでもいい。ぽかぽかしたところがいいかな」

「随分アバウトだね、難しい」


ネックレスを付けようと、肩まである髪を横に流して腕を後ろに回しながら答える。大雑把な私の注文に誘拐犯さんは困っているようだった。一方で私はネックレスが中々うまくつけられずもたもたしていた。


「…下手くそ。貸して」

「……ありがとう、ございます」

「何、急に敬語って。気持ち悪いね」

「酷いくない?」


後ろから伸びてきた腕と声に吃驚してしまった。
自分にしては可愛らしい反応だったと思うけれど返ってきた言葉は中々に辛辣で普段の女子力の無さを思い知りつつ大人しくつけてもらうことにした。

ときどき首に触る指がくすぐったかった。
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