ひだまりのようなその形に幸福論と名前をつけたなら
久々に色々と考えて、どうやらいつの間にか眠ってしまったようだった。
見慣れた電車の中、けれど外は暗く、星の無い都会の空が広がっていた。
スマホを見れば23時31分。見慣れない景色。流れる風景に私は納得した。
「……降りる駅、過ぎちゃったな」
帰るのが遅くなってしまってはいけないな。そう考えて、ああそういえば、心配する人なんていないんだったと笑えないブラックジョークを脳内で繰り広げる。こんなことを口に出してしまえば誰もが困った顔で笑うから、誰かにお披露目したことはないけれど。
車内を見れば、残りは私と若い女の人だけになっていた。
スーツを着たその女の人は酷く疲れた顔をしていて、心の中でお疲れ様ですと声をかけたりしてみたが当然返事が返って来ることなど有る筈も無い。帰ってきたら逆に不気味というものだ。
電車が速度を落とし、そして止まった。駅に着いたらしい。どうやらここが終電のようだった。
このまま乗っていても箱の中に閉じ込められるようなものなので、取り敢えず私は立ち上がって電車を降りることにした。
ホームに降りて、私は辺りを見渡しながら歩く。
ここが何処かも分からず、行く当てもなければ迎えに来てくれる人もいない。
まるで迷子の幼子のように駅を見渡す。逸れた名前を呼んでも帰れない世界の決まり事。
桜はそろそろ盛りを過ぎるころで、人は少ないようだった。
夜桜なんて言ってもひとりで見ればただ寂しいだけの景色だ、と全く自分勝手な感想をその美しい花に貼り付ける。
まだ冷たい風を行けるようにホームの奥へ進み、ペンキ塗りたてのように無駄にてかったベンチに腰を掛けた。
どうせならこのままホームレスのように眠りについて、そうして学校を休んでやろうか。こうして夜のネオンの中を歩く人々を観察していれば退屈することもないし、学校を休んでしまえるのなら家にいるよりよっぽどマシだと私はベンチに横たわった。
そっと目を閉じて固い仮のベットに身を預けていれば、背後から控えめな声がした。
「まさかとは思うけど、そこで寝るつもり?」
男の人の声だった。これはあれだろうか、何か変なことに巻き込まれる系のやつだろうか。0・005秒の間に思考回路を巡らせ、しかしその男性の甘く優しいテノールに自己中心的な欲望が込められているとはどうしても思えず、私は驚く素振りも見せず振り返った。
もしなにかあったとしても、今の日常を過ごすより断然マシだと思えてしまった私は矢張り、少し頭が可笑しいらしい。
「やあ、こんばんは」
その人は、綺麗な黒い髪をしていた。目許に泣きぼくろ。
心配とはまた違う、けれども冷たさとも違うその声音に、私は一瞬の間を置いてから答えた。
「こんばんは、素敵な声のお兄さん。いきなりで悪いんですけど、此処が何処かも分からないのでこの青いベンチを私の家にしちゃっていいですかね?」
「此処が何処か分からないなら普通はまず場所を聞くべきなんじゃないかな、家出少女さん」
あまりにもトントンと進む会話に自分自身が驚く。
気真面目そうな顔をしたこの人がここまでノリのいい人だったことにまず驚き、何より初めて会ったような感覚がないことにまた驚いていた。
困ったような顔をしつつもどこかあたたかさを感じる声音で言うその人に私は気を良くした。どうやら波長が合うらしい。心拍を同じ数刻んでいるような心地よさ。赤ちゃんは親の心拍を子守歌に眠るというが、まさに今親を見つけた様な安心感に意識が眩んだのか、私はいつの間にか無謀とも言える頼みごとを当然のように口にしていた。
口角が上がる。
「心配なら、私を連れて行ってくださいよ。お兄さんのお家に」
———ずっとずっと昔から決まっていたような出逢いの様ではあるけれど、取り敢えずはこれが私たちの幸福論の幕開けである。
見慣れた電車の中、けれど外は暗く、星の無い都会の空が広がっていた。
スマホを見れば23時31分。見慣れない景色。流れる風景に私は納得した。
「……降りる駅、過ぎちゃったな」
帰るのが遅くなってしまってはいけないな。そう考えて、ああそういえば、心配する人なんていないんだったと笑えないブラックジョークを脳内で繰り広げる。こんなことを口に出してしまえば誰もが困った顔で笑うから、誰かにお披露目したことはないけれど。
車内を見れば、残りは私と若い女の人だけになっていた。
スーツを着たその女の人は酷く疲れた顔をしていて、心の中でお疲れ様ですと声をかけたりしてみたが当然返事が返って来ることなど有る筈も無い。帰ってきたら逆に不気味というものだ。
電車が速度を落とし、そして止まった。駅に着いたらしい。どうやらここが終電のようだった。
このまま乗っていても箱の中に閉じ込められるようなものなので、取り敢えず私は立ち上がって電車を降りることにした。
ホームに降りて、私は辺りを見渡しながら歩く。
ここが何処かも分からず、行く当てもなければ迎えに来てくれる人もいない。
まるで迷子の幼子のように駅を見渡す。逸れた名前を呼んでも帰れない世界の決まり事。
桜はそろそろ盛りを過ぎるころで、人は少ないようだった。
夜桜なんて言ってもひとりで見ればただ寂しいだけの景色だ、と全く自分勝手な感想をその美しい花に貼り付ける。
まだ冷たい風を行けるようにホームの奥へ進み、ペンキ塗りたてのように無駄にてかったベンチに腰を掛けた。
どうせならこのままホームレスのように眠りについて、そうして学校を休んでやろうか。こうして夜のネオンの中を歩く人々を観察していれば退屈することもないし、学校を休んでしまえるのなら家にいるよりよっぽどマシだと私はベンチに横たわった。
そっと目を閉じて固い仮のベットに身を預けていれば、背後から控えめな声がした。
「まさかとは思うけど、そこで寝るつもり?」
男の人の声だった。これはあれだろうか、何か変なことに巻き込まれる系のやつだろうか。0・005秒の間に思考回路を巡らせ、しかしその男性の甘く優しいテノールに自己中心的な欲望が込められているとはどうしても思えず、私は驚く素振りも見せず振り返った。
もしなにかあったとしても、今の日常を過ごすより断然マシだと思えてしまった私は矢張り、少し頭が可笑しいらしい。
「やあ、こんばんは」
その人は、綺麗な黒い髪をしていた。目許に泣きぼくろ。
心配とはまた違う、けれども冷たさとも違うその声音に、私は一瞬の間を置いてから答えた。
「こんばんは、素敵な声のお兄さん。いきなりで悪いんですけど、此処が何処かも分からないのでこの青いベンチを私の家にしちゃっていいですかね?」
「此処が何処か分からないなら普通はまず場所を聞くべきなんじゃないかな、家出少女さん」
あまりにもトントンと進む会話に自分自身が驚く。
気真面目そうな顔をしたこの人がここまでノリのいい人だったことにまず驚き、何より初めて会ったような感覚がないことにまた驚いていた。
困ったような顔をしつつもどこかあたたかさを感じる声音で言うその人に私は気を良くした。どうやら波長が合うらしい。心拍を同じ数刻んでいるような心地よさ。赤ちゃんは親の心拍を子守歌に眠るというが、まさに今親を見つけた様な安心感に意識が眩んだのか、私はいつの間にか無謀とも言える頼みごとを当然のように口にしていた。
口角が上がる。
「心配なら、私を連れて行ってくださいよ。お兄さんのお家に」
———ずっとずっと昔から決まっていたような出逢いの様ではあるけれど、取り敢えずはこれが私たちの幸福論の幕開けである。