ひだまりのようなその形に幸福論と名前をつけたなら
他愛のない会話をしていれば、誘拐犯さんが立ち止まったので何事かと私も足を止めた。

「…や、ついて来てるかなって、」

「何言ってるの、私隣にいるよ」

「うん。…うん、そうだね」


隣を歩いていたのに、不思議なことを言うなぁと思った。
笑ってやろうかとも思ったけれど、誘拐犯さんの表情がまるで迷子の子供のようだったから、言葉を呑み込む。

小さく謝る声が聞こえて、なんだか少し気まずい空気になってしまった。決して過去に深入るつもりはないけれど、ほの暗い、切ない匂いが確かにした。


「…駄菓子屋、行く?」

誤魔化すように誘拐犯さんが指差す方向には小さな駄菓子屋さんがあった。
唐突な提案に驚きつつも私は大きくひとつ頷いて、店内へと足を進めた。可愛らしい御婆さんが出迎えてくれたので、私も女子高生らしく、可愛らしく挨拶をした。


「なんか、遠足のおやつ思い出す」

「ああ、分かる。俺、これ好き」

入っただけで懐かしい気分になるその空間に浸っていれば、お兄さんが一つ、小さなお菓子を手にする。カップに入った少し不思議な食感のヨーグルトみたいなの。私も好きだった。

「ねぇねぇ、これ、買って!」

「買っていいなんて一言も言ってないけど…しょうがない。いいよ、貸して」

「やったー、ありがとう!」


私はお気に入りの駄菓子を選んで入れた小さなかごを誘拐犯さんに渡した。
しょうがないなんて言いつつちゃっかり自分の分も買っている誘拐犯さん。
揶揄うように笑みを向ければ、顔を逸らされてしまった。
さっきまでも空気は、もうない。

そんな私たちを微笑まし気に見ていたお婆さんが、皺の刻まれた顔を更にくしゃくしゃにしてニッコリ笑う。


「仲がいいねぇ。兄妹かい?」

私たちは一瞬顔を見合わせた。


「…まぁ、そんな感じです」

「ねー、お兄ちゃん!」

「黙りなさい」
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