ひだまりのようなその形に幸福論と名前をつけたなら
(5月下旬 日曜日)
その日は随分と生ぬるい陽気で、私も誘拐犯さんも、何をするでもなくごろごろと過ごしていた。
しかしとうとうどうにもできない退屈さに声を上げ、子供のように駄々をこねた。乙女にとって運動不足は大敵だ。とはいってもまず自分が乙女なのかどうかもはっきりとしないのに言っても理由にならないので黙っておくが。
「あー、なんかなぁ。暑くもないし、寒くもない。こういう時期にできることって、何だろ」
「うるさい」
夏になりきらない生ぬるい気温にごろりごろりと床を転がりながら問いかければ、げしげしと蹴られてしまった。
「い、痛いって。ちょ、やめてー!」
誘拐犯さんが私を本気で蹴るはずもなく本当は痛くなんてなかったけれど、やめてと声を上げればやめてくれるので私は嘘をついた。
案の定足をひっこめた誘拐犯さんが、寝転がる私を見下ろしながら言う。
「で、今日したいことは?」
「だからそれが思いつかないの!どうせなら、季節にあったことがしたいけど。今は春なのか夏なのか、わかんないよ」
早く決めろと言わんばかりに言う誘拐犯さんに私は反論をする。
考えながら立ち上がって、おもむろにベランダへ出た。
「そういえば、ずっと思ってたんだけど。ここから見える木って、春になると桜咲くの?」
ベランダからは高層ビルや駅が見え、その周辺に木が並んでいる。
「ああ、うん。いざとなれば、ここからでも花見はできる」
「なにそれ、寂しいね。え、もしかしていっつもここでお花見?」
「さすがにないけどしようと思えばいける」
「あ、便所飯大丈夫なタイプでしょ。ゴキブリメンタルだー!」
私の問いに誘拐犯さんは頷いて答えた。少々の揶揄いを入れればデコピンをかますべく細長い指が伸びてきたので危機一髪のところでかわす。
私が来たときは盛りを過ぎていたから分からなかったけれど。
来年の春を想像してみて、寂しいとは言ったもののここからの花見も存外悪くはないかもしれないと思った。