ひだまりのようなその形に幸福論と名前をつけたなら
さくり、さくりと落とされる髪の束を私はうきうきと眺めていた。
普通なら少し悲しくなったりするのかもしれないが、私は特に自分の髪に思い入れがあるわけでもなければ好きで伸ばしていたわけでもなく、沈んだ気持ちにはならなかった。


「君、結構髪多いよね」


新聞紙に落ちた自分の髪を摘まんでいると、誘拐犯さんがまたさくりと束を切って言った。
よくも躊躇なく人の髪を切れるものだなぁと感心する。やっぱり慣れているんだろうなとは思いつつも、そのことを口にするのは既に私の中のタブーになっていた。


「そうなの。だから邪魔で」

「……綺麗な髪だと思うけど」


一瞬何を言われたのか分からなかった。
今まで誘拐犯さんに褒められたことは両手で数えられるくらいしか記憶にない。
しかもそれも全部ふざけていったような言葉ばかりだったというのに、今日は一体どうしたのだろうか。

耳と頬が蒸気して赤くなるのが自分でも分かった。
時々指が触れる首にも、途端に熱が集まる感覚。


「…あーごめん、今の取り消しね。……そんな照れなくてよくない?」


いつもとは打って変わって黙り込んでしまった私の様子に、誘拐犯さんは少し戸惑っているようだった。
心なしか誘拐犯さんの耳もほんのり赤く、恥ずかしいなら言うなよ!と思う。


ただ、誘拐犯さんが髪に触れる手が余りにも優しくて、大事に、大事に触るから、勘違いをしてしまいそうになった。

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