ひだまりのようなその形に幸福論と名前をつけたなら
「大分短くなったよ。どう?」

「…うん、いい感じ」

肩より少し下の位置まで短くなった髪を誘拐犯さんが手櫛でざっとといて、私に言った。
何の気なしの表情でいう誘拐犯さんは流すのがうまい。さっきまでの甘酸っぱい空気は最早なかったことのように言うから、私も便乗して、何気ない声を取り繕って答えた。


「前髪切る?」

「切る!」

「ぱっつん?」

「いいかも」

後ろから移動して私の正面に座った誘拐犯さんが、少し長めの私の前髪を触った。
前髪を切るとなると距離をだいぶつめなければいけないわけで、私は思わず瞼を伏せた。

目の前に誘拐犯さんの顔があって、長い睫毛がよく分かる。
直視できなくて目を閉じていればいつの間にか終わったようで、言葉の代りに頭をぽんと叩かれた。


「できたよ、ほら、目開けな」

「…う、うん。ありがと!」


立ち上がって、軽く服を掃う。
鏡に目をやれば、後ろ髪も前髪も綺麗に切り揃えられていた。


「誘拐犯さん、ほんとに上手だね!期待以上だったよ」

「期待してなかったんじゃないの」

「そんなの、気を遣って言ったに決まってるじゃないですかぁ」

「君に限ってそんなことはあり得ないね」

「酷い!」


くるりと一回転すれば、綺麗に切り揃えた髪がふわりと踊る。シャンプーは当たり前だけれど誘拐犯さんと同じ匂いがした。
誘拐犯さんは本当に上手に切ってくれた。

大満足した私は、誘拐犯さんを見てこてんと可愛らしく首を傾げてみせた。


「誘拐犯さんのも、切ってあげようか?」

「遠慮しとくよ。あと、そうやって首傾げても可愛くないよ。ゴキッてならないように気を付けてね」

「最近ほんとに冷たい」


即答で断固拒否。流石に少し傷ついた。
けれど私に近づいてもう一度髪に触った手はやっぱり優しくて、なんだかちょっぴり切なくなってしまった。


「また伸びたら切ってね」

「気が向けばね」
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