ひだまりのようなその形に幸福論と名前をつけたなら
公園へ行く間、私たちは特に会話をすることもなく歩く。

暫く二人で黙っているといい。その沈黙に耐えられる関係かどうか。
名前だけは知っている何処かの哲学者がこんなことを言ったらしいけれど、まさに私たちは沈黙にも耐えられる関係だと思う。ただ、それ以上でもそれ以下でもない。

公園に着いてベンチに腰掛け、膝にブランケットをかけた。
ここは東京だけど静かで落ち着いた場所だから、見上げれば星が見える。


隣に座った誘拐犯さんの服をつんと引っ張って空を指差した。


「ねぇねぇ、あれ、夏の大三角だよ」


私の指さした方向を誘拐犯さんが見上げる。
うっすらと白く輝く天の川の中に光る一等星。


「あれがデネブ、アルタイルと、ベガ。知ってる?」

「名前だけは。詳しいね、星好きなの?」

「ううん、学校で習った」



知った風に言ってみたけれど、結局は授業で少しやっただけだったので素直に白状した。
何だそれ、と呆れたように、けれど柔らかく笑った誘拐犯さんの息が夏の空気に溶けてゆく。


「えっとね、織姫様があれ、アルタイル。それで彦星様がベガ。七夕じゃないけど、案外近くにいるんだよね」

「会いに行こうと思えば会えそうな距離だね」

「そうでしょ」


お父さんとお母さんも、きっとあそこにいるよね。
そう言いかけて、誘拐犯さんを困らせるのは嫌だと思って呑み込んだ。



「…私が迷っても、誘拐犯さんが迷っても、あの星は、変わらずあるよね」



自分にとってのその星が、隣に座るこの人だったならいいと願う。
元々自分に祈る神などいないけれど、捨てられない願いにせめて、遥か遠く星になったはずの両親に願った。

< 63 / 108 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop