ひだまりのようなその形に幸福論と名前をつけたなら
こうして2人で座っているとセンチメンタルな気分に浸ってしまいそうになる。
私は悪ふざけでもなんでもなく、無意識に誘拐犯さんの肩口に頭を預けていた。


「…どうしたの。今日は甘えたい気分なの?」

「うん、そうかも。嫌?」

「嫌じゃないよ」


心なしか、今日の誘拐犯さんはいつもより更に優しい気がする。
何を言うでもなく、ただ頭を撫でてくれる。

暫く黙って撫でられていれば、携帯がメッセージの受信を知らせた。
名残惜しくも頭を起こして携帯を見る。

案の定メッセージは彼女からのもので、胃がもたれそうなお肉の写真付きの能天気なメッセージに頬を緩ませる。
私の様子を横目で見ていた誘拐犯さんは、スマホを見ることはせずに聞いた。


「最近、よくスマホ見てるね」

「うん」

「どうしたの?」

「んー…」

隠す理由も分からないまま言いよどんだ。
はじめてできた友達とのライン。
別に隠す理由などどこにもなくて、けれど心のどこかが見せたくないと訴えているのだ。

どうにか誤魔化してしまおうかと迷って言い淀んでしまった。


「隠すんだ」

私はその声を聞いて驚いてしまった。
考える間もなく反射的に振り返って、その表情を見て後悔する。
聞いたことのない、見たことのない、けれどこの人のどこかに染み込んであるような表情だった。
まるでそれは、恐怖。何かを隠されることへの恐怖のような、そんな。


どうしてそんな顔をするのだろう。
心臓が止まってしまいそうになる。呼吸が苦しくなる。
やめてほしい、笑ってほしい。そんな悲しい、寂しい顔はしないでほしい。
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