ひだまりのようなその形に幸福論と名前をつけたなら

「俺はさ、別に君の過去を知ろうとは思わないし、知る権利もない。
ただ、こうやって一緒に住んでるのに、君の嬉しいこととか悲しいことを話してくれないのは、ちょっと寂しいかな」


どの口が言うのだろう、と思った。
いつも私のしたいことばっかりして、自分のことは何ひとつ話さないくせに、どの口が言うのだろうと。
会ったばかりのとき、何も聞いてほしくないと、そう願ってた私はここにはもういない。反対に、何も知らなくていいと思う私もいないのだ。

けれどその声があまりにも切実で、私は静かに告げた。


「……友達がね、できたの」


私の告白に、誘拐犯さんは一瞬ぽかんとして、それから眉根を寄せた。
よほど重要なことを隠していると思っていたのだろう。それがこんな普通で当たり前の(私にとっては普通ではないけれど)ことだったなら、まぁこんな顔もするだろう。


「どうしてそんなめでたいこと隠してたの。まさか友達がいないことが恥ずかしいとか、今更そんなこと言わないよね」

「違うよ、私に友達がいないことくらい知ってるでしょ?」

「じゃあ何で」

「分からない。私も、何で隠そうと思ったのか分からないの」


私がそう言えば、誘拐犯さんは更に分からなくなったようだった。
私自身もよく分かっていないのだから、誘拐犯さんに伝わるはずもないのだけれど。
だから私は、せめて正直に話そうと口を開く。


「……ただ、ただなんとなく、こわかったの。言うのが」

「…そっか」


それ以上誘拐犯さんは何も言わずに、私の頭を撫でた。
教えてくれないと寂しいだなんて言っていたくせに、私が少しでも声を揺らせば、この人は静かに私に触るのだ。


「どっちにしても、よかったじゃん、友達。どんな子?」


いつもはあまり自分から話す方ではないのに、今日はやけによく喋る。
きっと、この暑苦しい夏の空気を紛らわそうとしてくれているのだろう。


「えっとね、ショートカットで、吹奏楽部入ってる」

「へぇ」

「それでね、なんかいっつも変なライン送って来る」

「楽しい子だね」


頷きながら聞いてくれる誘拐犯さんに私は気分を良くして、できたばかりの唯一の友達について色々と話をした。
もしかしたら私は誘拐犯さんのあの悲しい顔を忘れたかったのかもしれない。

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