ひだまりのようなその形に幸福論と名前をつけたなら
(8月上旬 日曜日)


『——今日、東京では今年最高気温を記録し、とても暑く————…』

テレビから聞こえるアナウンサーの声を左から右へ聞き流しながら、コーラを喉に流し込んだ。
そのアナウンサーが言う通り、今日はとても暑くTシャツが張り付くような夏だ。
扇風機に顔を近づけて気の抜けた声を出しながらチラリと誘拐犯さんを見やる。


「…クーラーつけようか」

思惑通り。
ソファに座ってくつろいでいた誘拐犯さんは私の視線に気が付いて、一瞬の間を置いてから溜息と同時に言った。
私は心の中でガッツポーズ。


「誘拐犯さん太っ腹―!」

「はいはい。…暑いからくっつくの禁止ね」

「えー…」


調子に乗って腕に擦り寄れば、誘拐犯さんは構わずクラーのリモコンへ手を伸ばした。
ピッ、という機械音の後、扇風機には申し訳ないが矢張り羽を回して送られる風より涼しい空気がふわりと流れた。

御免よ、扇風機。私は君のことも好きだけれど、今だけは許しておくれ。
電源を切られて寂しそうにぽつんと佇む扇風機に心の中で謝って、私は誘拐犯さんの言葉お構いなしにぴとりと身体を寄せた。


「…暑いってば。君子供体温なんだから」

「いいでしょ、少しくらい」

「…しょうがないなぁ」


相変わらず甘い。
私が少しでも我儘を言えば何でもしょうがないと困った笑みで許してしまうのだ、この人は。
< 67 / 108 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop