ひだまりのようなその形に幸福論と名前をつけたなら
それでもこの暑さの所為なのか、どこかいつもより素っ気ない態度。
充分に甘やかされてはいるのだけれど納得いかず、性格が悪くて心底面倒臭い私は拗ねたふりをして頬を膨らませた。

こんな風に頬を膨らませていれば、ちょっとだけ触ってくれるかもしれない。
そんな淡い期待で待機の体勢を続けていれば、案の定誘拐犯さんの手が伸びてきて頬に触れた。


「拗ねないの」

「んー…」


指で突かれると、ぷしゅーと空気が抜けてたちまち頬が萎んでいく。
その様子を楽し気に見た後、誘拐犯さんは指の甲で私の頬を撫でるようにして触った。

「どこか、行きたい場所はある?」

「…ん、ある」

優しい声。
まるで愛しい人を見るような柔らかな視線で言われてしまえば、その瞳に映るのが私でなくとも、いつだって頷くことしかできないのだ。

ひとつ小さく頷いて、私は見てもいないのにつけっぱなしだったテレビを指差す。


「…ひまわり畑?行きたいの?」


画面の中には、まるで幻想世界のように一面に広がった黄色い絨毯。
その景色をこの人の隣で見ることができたならどれだけ幸せだろうかと、後に襲ってくる喪失感という対価もどうでもよくなるほどに思ったのだ。


「……」


誘拐犯さんは、何故か息ごと止まったかのようだった。

きっと何か理由があるのだろうけれど、私にそれを聞く権利はなかった。
大体検討のついていることを知らないふりして尋ねることが出来るほど私はできた人間ではないから。

誘拐犯さんが頭を横に振れば、私はすんなりそれを受け入れるつもりでいた。
誘拐犯さんの困った顔は何だか可愛らしくてとても好きだけれど、本当に心の底から悲しい顔をさせてしまったとき、私はきっと罪悪感に押しつぶされてしまう。

あまりにも誘拐犯さんが考えるものだから、いっそのこと何事もなかったかのように取り消してしまうかとも考えた。

しかし私が口を開くより先、誘拐犯さんの方が早かった。



「いいよ、行こうか」


困ったことに、私はそれにも黙って頷くしかできないのである。


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