ひだまりのようなその形に幸福論と名前をつけたなら


「ほら、起きて。朝だよ」

瞼を下ろしていても光というのは眩しく映るものである。
久しぶりに感じる太陽の光にあの部屋はこんなに明るかっただろうかと寝起きの頭でぼんやりと考える。
暫くして私の覚醒を促す声に我に返って、ああここは誘拐犯さんのへやだったと思い出した。

明るい光に目を慣らそうと何度か目を擦れば、誘拐犯さんの顔がはっきりと見えた。

髪は所々跳ねているし目はこのうえなく眠そうだけれど、昨日と同じ人だ。そのことに安堵しつつベットから足を降ろす。

素足が触れたフローリングはひやりと冷たく、少しだけ目が覚めた気がした。


「今日、月曜だけど、学校は?」


その言葉にごろんと寝返りを打つ。
誘拐犯さんが呆れたように息を吐く。とても暖かそうな、酸素を含んだ人肌の様な息だと思った。


「…行きたくない。休んじゃ駄目?」

「そう言うと思ったよ」



誘拐犯さんが立ち上がって、上から私を見下ろす。

怒られてしまうだろうか。
このお人好しの誘拐犯さんは、学校に行けと私を叱るだろうか。
何も聞かずにつれて来てくれたこの人がその辺を歩く大人たちと同じだったなら、私はすぐにここを出ていくつもりだった。



「行きたくないなら行かなくていいよ。俺は君に学校に行けって言えるほど偉くない」



けれど、上から降ってきた言葉はやっぱり正しい大人ではなくて、そして何より誘拐犯さんらしかった。
まだ出会って2日も経っていないから、こんな風にいうのは少し可笑しいかもしれないけれど。


誘拐犯さんはスーツに着替える。
成程、きちんとした勤め人だったのか。
髪を整えネクタイを締めた姿は昨日の印象とは何となく違って、興味深い面持ちで見やる。

「昨日は仕事休みだったの?」

「ん?あぁ、うん、昨日はね」


変なところで感心しながら、私はそっと誘拐犯さんの背中を見送った。
帰ってきたときの誘拐犯さんの顔が、昨日見た可哀想な女の人のようでなければいいなと思いながら手を振る。


「いってらっしゃい」

「いってきます」


久々に交わしたその言葉はどうにもこそばゆく小さな声になってしまったけれど、誘拐犯さんが答えてくれたのでよしとしよう。


帰れと言わないいけない大人な誘拐犯さんに甘んじて、私は今日一日をこの暖かい西日の射す部屋で過ごすことになった。


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