ひだまりのようなその形に幸福論と名前をつけたなら
「ねぇ、ちょっと道逸れてさ、花に埋もれてみようよ」

思い付きの提案を口にすると、誘拐犯さんは盛大に顔を顰めた。
けれども私があまりにもやる気満々だったものだから、溜息をひとつ零してから頷いてくれた。

けれど実際に誘拐犯さんの手を引いて花の中を進んでみると、花に埋もれることができるのは私だけで。
背の高い誘拐犯さんは、余裕で首から上が出ているのに対して、私は頭のてっぺんがひょこひょことギリギリ見える程度。


「…あ、虫」

「ひぎゃぁッ」


つま先立ちで歩いていると、突然の声に女子とは思えぬ声が出てしまった。しかしそんなことはどうでもいい。虫は天敵、もし刺されて跡が残ってしまったら最悪だ。どこだどこだと探していると、視界の端に声を堪えお腹を抱えて笑う誘拐犯さんの姿が。


「…ふ、…ふは、あはは、は、ケホッ」

「ちょっと!なんで笑ってるの!?」

「や、ひぎゃぁって…ッ…あーだめだ、お腹痛い」


笑いまくる誘拐犯さんに呆気に取られ、そうしている間に虫などいないことに気付く。まさか嘘だったのか。誘拐犯さんを睨むと、もう堪えられないという風に吹き出した。いや、そもそも最初から堪えられてなどいないのだけど。

目に涙を浮かべて笑う姿にはあんまりだと思い、私は繋いでいた手を離してずんずんと花の中を進む。辛うじて見える頭を追いかけて、誘拐犯さんは尚も笑いながら後ろを歩いていた。


「もっと可愛らしい声出ないの。君一応女の子でしょ」

「一応って何だ、一応って!私可愛い女の子でしょ、どっからどう見ても!!」

「え、何言ってんの」

「えっ」


どうにか落ち着いたらしい誘拐犯さんが息を整えながら聞いてきたので、態と語尾を荒げて答える。それでも尚懲りずに揶揄ってくるものだから、私は頬を膨らませてふん、と顔を背けた。といってもその行為も火に油を注いだだけだったようで、「今更可愛くねぇ!!」とまた涙を浮かべて笑い始める。


全く失礼な人だと思いつつも、少しだけ砕けた口調と目許の柔らかさに酷く安心した。
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