ひだまりのようなその形に幸福論と名前をつけたなら
*

その日の夜は、久しぶりに同じベットで眠った。
何を言うでもなく、何をするでもなく、ただ暫く聞いていなかった静かな息遣いにそっと耳をすませる。

どうやら今日は誘拐犯さんは随分と疲れたようで、早くに寝息が聞こえた。
規則正しい、吸って、吐いての繰り返し。生きるために必要なその動作は、いつしか私に生きる意味を与えていた。



誘拐犯さんが私より先に寝ることは滅多に無かったので、背中を向けていたのをもぞもぞと体勢を変えて、向き直る形になる。整った顔立ちは眠ると幾分か幼く見えて、その頬に指を宛がってさらりと撫でた。それでも起きないのをいいことに、黒い髪に指を差し込んで解く。少し長めの髪は指の間をするりと落ちた。

いとおしいのだと、今とても幸せなのだという胸に溢れるあたたかな気持ちを込めて。

起きている時には決して言ってはいけないから、この刹那に思いを託す。

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