ひだまりのようなその形に幸福論と名前をつけたなら
誘拐犯さんに花火大会の話をしてみると


「あー土曜日か…花火大会って夕方からだよね?間に合うと思うから一緒に行こうか、花火」


という言葉が返ってきたので心の中でガッツポーズ。
何気なく発せられた一緒に行こうの言葉がどうしようもなく嬉しい私はやはり誘拐犯さんに恋をしているのか、それともただの単純な馬鹿なのか。前者であることを願いたい。


『当日の昼ぐらいにうちに来てくれたら、着せてあげるよ!どうせ着れないでしょ!』

彼女の強引で有り難い心遣いに甘えて、当日の昼を少し過ぎた頃、私は彼女の家に初めて訪れていた。
入って入って、と何故か歓迎され初めてお目にかかった浴衣は、白い布地に青い花を散りばめた様な涼し気で透明感あるデザインのものだった。


「…綺麗。未央ちゃんには似合いそうだけど、私に似合うかな…」

「何言ってんの、似合うに決まってるでしょうが!ほら、着せてあげるから立って!」


てきぱきとした手付きで着つけられ、鏡の前に立つ時間もなく次は椅子に座らせられる。
何をしているのか分からぬ間に髪は頭の上で丸く結い上げられ、こぼれ落ちた横の毛をアイロンでくるりと巻かれる。


「………これ、プレゼントね。お祭り楽しんで!」


何故か意味深な笑みを浮かべた彼女は、最後の仕上げに青い花の付いたかんざしを挿した。
鏡の前に立った私は、まるで魔法にでもかかったような心持ちで彼女を見やった。


「誰と行くのか知らんが、どうせ男だろ!何かあったら許さんぞ!楽しんでこいバカヤロー!!」


照れ隠しなのか何のか、謎のテンションで見送られた私は何度も何度もお礼を言って、仕事から私のために急いで帰って来るであろう誘拐犯さんを待つべく、クリーム色のアパートへ。

揺れたかんざしが涼しい風を運んでくるかの様だった。
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