ひだまりのようなその形に幸福論と名前をつけたなら
本を読んだり、テレビを見たり、携帯をいじったりして過ごす。
ひとりでいるときにも特に寂しいだなんて思うことはなかったけれど、こうして暖かい部屋にいると、もしかするとこれが幸せというやつなのだろうかと思った。

とはいえどちらにしてもひとりだし、隣に大切な誰かがいるというのはどんな感覚だったろうかと、幼い頃の記憶の糸を辿ったりしてみる。



そうしてぼんやりと好き勝手に過ごして、午後5時半。
この部屋の時間は早いようでいて、ゆったりと流れている。


誘拐犯さんが夕方には帰ると言っていたのを思い出して、それまでに夕飯を作ろうと思いキッチンへ向かった。
ごみ箱の中を見る限り、本当にコンビニ弁当ばかり食べているようで気の毒になってしまったのだ。


幸いにも、1人暮らしをしているので料理には多少の自信はある。


冷蔵庫を覗けば、賞味期限ぎりぎりのものが沢山あった。
それを一気に消費するために、今日のメニューは肉野菜炒め。
手早くお味噌汁も作って、暫く使っていないであろう炊飯器でご飯を炊いた。


出来上がった料理を並べて、誘拐犯さんが帰ってくるのを待つ。
せめてもの恩返しである。



「ただいま」


そうしていれば、少しだけ疲れた様な誘拐犯さんの声が聞こえた。

私は勢いよく身を起こして、玄関に顔を出す。
ついついだらしなく口元が緩んでしまうのを堪えて、「おかえりなさい」と言った。やっぱり少しこそばゆい。


「何、ニヤニヤしてるの。…ていうか、なんかいい匂いするね」


そう長くない廊下を誘拐犯さんの背中を押して進む。
スーツが皺になってしまわないように気をつけて、触るのが億劫になりながらもやっぱり誘拐犯さんの背中は温かい体温だ。

誘拐犯さんが訝し気に眉を顰めるも、並んだ料理が目に入ると、だんだんと目を見開いた。


「え…これ、君が作ったの?」

「そうだよ!すごいでしょー、いい奥さんになると思わない?」


うふふ、とおしとやかに笑って見せた。


「…すごいね、君、料理作れるんだ」

誘拐犯さんは何度か瞬きをしてから、ぽんぽんと私の頭を撫でた。

私はその手を拒む術を知らない。
< 8 / 108 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop