ひだまりのようなその形に幸福論と名前をつけたなら
自分の嗚咽で外の音など聞こえない。それでもひとつ、はっきりと聞こえる音があった。
鍵が開く音。ずっと待っていた。バタバタと騒がしい音と同時に玄関のドア開いた。
弾かれるように顔を上げれば、スーツを着て息を乱した誘拐犯さんの姿があった。

「ごめ、会議大分長引いて…ッ………泣いて、るの?」

私は顔を上げたまま、ぼろぼろと涙を零していた。
私に近づいた誘拐犯さんは驚いたように目を見開いて、私の頬に触った。


「………花火、終わっちゃったよ」

「…うん、ごめん」

「嘘つき」

「…うん」

「…楽しみにしてたのに」
「うん、俺もだよ。ごめん」


ごめん、ごめんと謝りながら私の涙を拭う。
目は一度も合わなかった。誘拐犯さんの伏せられた長い睫毛が震えている。

「………嫌われたと、思った」

捨てられたわけじゃなかった。こんな私を、誘拐犯さんはまだ捨てないでいてくれる。
その事実が嬉しくて悲しくて、何だかもうよく分からなくって、また涙が止まらなくなってしまった。
誘拐犯さんは私の手が一瞬動きを止める。私がまた泣いたことに驚いたのか、それとも私の発言に驚いたのか。

「…どうして、そんなこと言うの」
< 82 / 108 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop