ひだまりのようなその形に幸福論と名前をつけたなら
その手紙からは愛が溢れていた。
誘拐犯さんが今まで見ていたのはこの人なのだと知った。

「……読んだ?」

私がそっと顔を上げれば誘拐犯さんが困ったような顔で笑った。

「…忘れられなかったんだ。りさとの約束、守れてない。それなのに自分勝手に君を引きとめて、泣かせた…怒られちゃうよなぁ、俺。ほんと、最低なんだよ」

何も言うことができなかった。
知った後で何をしてあげることもできない自分の無力さが情けない。
それでもせめて、誘拐犯さんの言葉を決して聞き逃さないようにと顔を上げていた。
何かを言い淀む気配。暫くして落ちた言の葉は酷く震えていた。
 

「でも、もうどうしたらいいかも分からないんだ。こうやって未練ばっか垂れ流して君に重ねてる思い出を、今更どこにしまえばいい?どこに捨ててくればいい?…俺は今だって、君と過ごした時間だってずっとりさの名前ばっかり呼んでたよ。それでも君は、まだ俺と一緒にいられる?」

頼りない月明かりのように瞳が揺れていた。
本当は泣いてしまうほど弱い目の前の人を、どうして手離すことができるだろうか。

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