ひだまりのようなその形に幸福論と名前をつけたなら
*

「…花火、見れなくてごめん」

「ううん、いいの。私の方こそごめんなさい」

暫くすると誘拐犯さんはすっかり落ち着いたようで、目尻はまだ赤く痛々しかったけれどいつもの調子に戻っていた。
ソファーに2人腰かけて黙っていると、誘拐犯さんが私を見て言った。


「線香花火、しようか」


取り出した線香花火は萎れていて火が付くのかさえも分からなかったけれど、まだ話していられる理由になるのなら何でもいいと、私は頷いた。

深夜の1時を回っていた。街中はネオンに輝き賑わいを見せるのだろうけれど、東京都は言え此処はただ静かなだけの場所だった。
心地のいい夜風に肌を晒して、私たちはしゃがみ込んだ。

誘拐犯さんがライターを取り出して、萎れた紙の先に火を灯す。

「つくかな」

2人して息を殺して火を見守った。
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