ひだまりのようなその形に幸福論と名前をつけたなら
『君を傷つけたくない…僕はどうしても、君に、触れることができない』

『…臆病ね。私は、貴方になら心臓だって捧げても構わないのに』


主演の俳優たちは大御所という程でもなかったけれど、その演技には何か、真に迫ったものがあると思った。もどかしい指先、劣情、愛情、恋情。

時折聞こえていたコーヒーを啜る音が消えたことに気付いて隣を見れば、どうやら誘拐犯さんはうとうとと船をこぎ始めている様子だった。


「まさかと思うけど寝るの?」

「…や、なんか、これ観てると眠くなるでしょ。つまらないわけじゃないけど」

どうやら私と同じことを思っていたらしい。
そうだね、とそれだけ返して視線を画面を戻す。女優さんの憂いを帯びた表情がやけにリアルに感じられた。

物語は進み、終盤へ。ノクターンが流れ画面は夜色に変わった。


「……泣きそう」

「泣けばいいんじゃない」

「なんか負けた気がするから嫌だ」

「何それ」


私はいつの間にかこの物語に入り込んでしまっていたらしく、気が付くと部屋が水に沈んでいた。私の発言にくすりと肩を揺らした誘拐犯さんは随分と余裕そうだ。もしかして途中から観ていなかったのでは…?と疑問を持ったが、それは黙っておく。

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