ひだまりのようなその形に幸福論と名前をつけたなら
「———『世界の終わりが来なくたって、あとどれくらい、こうしていられるか分からないでしょう?』」


私の悪戯めいた口調と上目遣いに何がしたいのか気づいたようで、誘拐犯さんはゆっくりと唇を歪め、男の台詞を口にした。


「『世界は終わるよ、君が思ってるよりずっと、簡単にね』」

「『……貴方は、世界が終わる時、何をする?』」


私が台詞を紡いだ時、ぎしりとソファーが軋みいつの間にか屈みこむようにして私の正面に来ていた誘拐犯さんが私の頬に触った。
タイトル画面のままになったテレビが見えなくなる。その代わりに、逆光になった誘拐犯さんの顔が視界いっぱいに映った。



「———『君の声を聞いて、頬に触って、髪を撫でて、愛してるって何回も言うよ。そうすれば、死んだって君と一緒にいられそうな気がする』」



誘拐犯さんは微笑んでいた。泣きそうな顔で優しく笑っていた。

誘拐犯さんは感情に正直ではないから素直に顔に出すような人ではないけれど、今のこの曖昧な表情が演技なのか、私には分からなかった。


「……なんてね。演技って中々難しいね」

「えっ、今の演技?」

「さぁ、どうだろう」



けれどさっきの表情が演技であろうと、世界が終わる時隣にいるのは私でありたいと思う。

それでもきっとこの人が想うのは私ではなくて、それを全て受け止めるつもりでいたのにやっぱり難しかった。



だからこれは、少しの我儘だ。世界で一番身勝手な、貴方を困らせる我儘。


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