ひだまりのようなその形に幸福論と名前をつけたなら
「…こうやって2人でいるとさ、ほんと、世界に私たちしかいないみたいだね!映画みたいに」

できるだけ重くならないように言ったつもりだった。
誘拐犯さんは一瞬考えて、「そうだね」と笑った。

本当に静か。まるで私たちしかいないみたいにゆっくりと時間が過ぎる。


「あー、でも、未央ちゃんがいないのは寂しいかなぁ」

「未央ちゃん。変なメールの子?」

「そそ、ていうか覚え方可笑しくない?」


この部屋に来たばかりの頃の私は、ひとりだけの世界があればどれだけ楽だろうかと思っていた。けれど今は、自分に幸せをくれる誰かを求めている。昔の私からは想像もできないことだった。

寂しい。幸せが消えるのは嫌。
幸せはいつか無くなることは分かっている。それは今でもきちんと理解しているし、一度手に入れたものはいつか失う運命にあるということから逃げたわけでもなんでもなく。

ただ、この人がいないのはもっと寂しいのだ。
自分の幸せを願ってくれる人がいなくなるのがこわい。

私の恐怖はいつの間にか、別の処に住み着いてしまったようだった。


「……治る気しないなぁ」

こんな大きな恐怖を、克服する日が来るのだろうか。
治らなければ、いつか必ずくる別れるの日、私は息をしていられるだろうか。

けれどこんなことを言ってしまえば誘拐犯さんは困った顔をするだろうし、何より誘拐犯さんの重荷を増やしてしまうのは嫌だった。


何事もなかったようにソファーに横になる。
離れたくないだなんて、そんな我儘は言えない。

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