鬼神となりて
 「すみません、団子ふたつ」

優しげな男の声が小さな店に通った。

外は雨で、旅をしている者なら迷惑きわまりない。

笠を被り、刀を腰に差した男は、微笑みながら店番をしていた老女に声をかけた。

「あいよ、ちょっと待っててね」

ギシリと椅子を軋ませて立ち上がると、店の奥へと入って行く。

男は側にあった長椅子に腰を下ろし、息を吐いた。

それから、懐から手拭いを取り出し濡れた袴を拭く。

しばらくすると、先程の老女が御盆に茶と団子を乗せて運んできた。

「おまたせ」

しわがれた声と優しい笑顔で男に手渡す。

「ありがとうございます」

同じく男も笑顔で礼を言った。

「すごい雨だったねぇ。大丈夫かい?」

「ええ、大丈夫です。旅にこういった天候の狂いは付き物ですから」

そう言って団子を食む。

「おや、お兄さん。刀を持っているのかい」

廃刀令が出ている今、それを破って持っているものはそう多くない。

剣を捨て、新しい時代に溶け込んでいったのだ。

それはそれで正しい選択だと男は思う。

これからは剣が全てじゃない。

人の心で何かを成せる時代だ。

男は左の腰に差してある刀を見下ろす。

「これは、ある目的を終えたら手放す予定なんです。近い未来、きっと」

目を細め、刀の鍔をソッと撫でた。

「ここにはたくさんの人が寄ってくれるけど、お兄さんみたいな人はこの時代になって初めてだよ」

男は老女を見つめて苦笑した。

「刀を所持しているのはいけないことですから。初めて見るのも仕方がないですよ」

そういうと、老女は首を横に振った。

「いや、その事じゃない。
お兄さんみたいに、信念を持って刀を差す人を私は初めて見たよ」

「信念…?」

「ああ、そうとも。お兄さんの目でわかるよ。何十年私が生きてきたと思ってるんだい」

優しい笑みを作ると老女は再び椅子へ戻っていった。

「信念…か」

老女の言葉を繰り返す。

茶を飲み干す頃、いつの間にか雨は上がっていた。
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