あなたが生きるわたしの明日
「さて」

キッチンに立ったまま、コーヒーを一口飲むと、頭がずいぶんとスッキリしてきた。

いつものように、砂糖と牛乳がたっぷりのコーヒーを作ろうと思ったら、砂糖はかろうじてあったものの、牛乳がない。
砂糖もスティックシュガーは置いてないから料理に使うような砂糖を使った。
お湯を沸かしてインスタントコーヒーをマグカップに入れる時は体が勝手に動くというか、慣れた動作をしている感じがあったけれど、砂糖や牛乳を探すときは戸惑ってしまったから、もしかしたら陽子さんはコーヒーをブラックで飲む人なのかもしれない。

「陽子さん、かっこいいー」

コーヒーをブラックで飲むなんて大人の証。

砂糖だけがやたら入った変な味のコーヒーを飲み干して、行動を開始する。

まずは今日は何日なのか、確認するために陽子さんのスマホを探した。
だいたいスマホなんてベッドの枕元にあるものだと思っていたら、パソコンデスクの上で充電されていた。
寝る前にスマホとか見ないのかな?
スマホを見ながら寝落ちするのって、すごく気持ちいいのに。

「陽子さん、ごめんね」

一応、ひとこと謝ってからスマホに手を伸ばす。
人にスマホを見られるのも、人のスマホを見るのも嫌なものだ。
まぁ、端から見れば、陽子さんが陽子さんのスマホを見てるだけなんだけど。

日付を確認すると、今日は三月初めの水曜日。
私が事故で死んでから、もう三日経ったんだ。

「水曜日ってことは、会社に行かなくちゃなのかな?」

会社に行っても、今の私じゃなんの役にもたたないと思うけど、勝手に休むと偉い人に怒られちゃうんじゃないだろうか。

サトルは陽子さんはOLさんだと言っていたし、そういえばなにかは忘れたけど、係長とか課長とか部長とか、そんな感じのことを言っていた気がする。

それに、そんなにも部屋がきれいできちんとしているような人がなんにも言わずに会社を休むなんて、『人格が破綻する』とかなんとかに違反してしまう気もする。

せっかく、三十日間は生きていられるんだから、初日で終了してしまってはつまらない。

「うわ……。地味」

とりあえず、会社に行こうと決めて、クローゼットを開けると、思わずため息が漏れた。
白、黒、グレー、ベージュ、ブラウン、ネイビー。
明るい色の洋服が全くない。
差し色で赤いバッグでもあるかと探したけれど、小物もすべて同じような色のものしかない。

もっとおしゃれがしたかったのだけど、ないものは仕方がない。
悩んだ末、無難な白のブラウスとネイビーのタイトスカートを手に取り、ベッドの上に服を放り投げて、顔でも洗おうかと洗面台に向かう。

洗面所の引き戸を開け、鏡の前に立つと、目の前に知らない人が立っていた。

急に現れたその見知らぬ顔に、悲鳴をあげそうになって気づいた。

いや、違う。

これは、鏡にうつった陽子さん……。
つまり、これは私だ。
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