あなたが生きるわたしの明日
陽子さんの足が向かったのは、陽子さんのマンションから電車で十分ほどのいわゆるビジネス街だった。
駅を出ると似たようなビルが所狭しと建っている。

その中でもひときわ高く大きなビルに入り、着いたのはとても有名な会社だった。
この私が知っているくらいだから、相当大きな会社。

テレビのコマーシャルで何度も見たことがある、文具用品のメーカーだ。
私のスクールバッグの中にもこの会社の消しゴムやスティックのりが入っていたし、この会社が作った淡い色の蛍光ペンは私の大のお気に入りだった。

こんな会社で働けるなんて、かなりうれしい。

ガラス張りのビルは朝の光を受けてピカピカ光っているし、エントランスもゴミひとつ落ちてない。
受付にいたお姉さんの紺色の帽子もキャビンアテンダントみたいなスカーフもとてもおしゃれだ。

すれ違う社員の首にネームプレートのようなものがかかっているのを見て、あわててバッグの中を探る。

あったあった。さっき定期券を出すときに、ちらりと見えた、陽子さんの社員証。
陽子さんの名前と課長の肩書き、それに顔写真が載っている社員証を首から下げて私はエレベーターに乗り込んだ。

降りてきた人たちが私を見てさっと道を開けてくれた。
陽子さん、きっとすごく偉い人に違いない。
こんな大きくてきれいな会社で、しかも課長さんだなんて。

期待で胸をわくわくさせながら、三十二階で降りるとすぐ目の前に『情報システム部』と書かれたドアがある。

情報システム部!なにをする部なのか全くわからないけど、かっこいい!
と、思ったら陽子さんの足はその前を通り過ぎていく。

しばやく歩くと次のドアには『販売促進部』と書かれている。
販売促進部!よくわからないけど、販売を促進するお仕事なんだ!
と、思ったらそこの前も通り過ぎてしまった。

結局、陽子さんの足が止まったのは『業務部』と書かれたドアだった。
そこを開けると、数名の社員がこっちを見て「おはようございます」と挨拶をしてくれる。

当たり前なのかもしれないけど、男性はみんなスーツを着ていて、女性もきれいな格好をしていて、いかにも仕事が出来る人たちっていう感じだ。

私が今日することは誰に聞けば良いのかな、とキョロキョロしたけど、みんな忙しいのかすぐに目をそらされてしまった。

そうこうしているうちにも、陽子さんの足はさらに奥へと進み、『総務部』と書かれたドアを開ける。
さらにそこも進み、たどり着いたのは……。

『資料整理課』と書かれた小さな倉庫でした。

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