あなたが生きるわたしの明日
「……おはようございます……」
ドアのところに立ち止まったまま、他にも社員がいるのかと考えていたら、いつの間にかドアが開いていて、女の人が立っていた。
「あぁ、びっくりしたぁ」
私が胸をおさえてそうもらすと、女の人はドアの前で私に向かって、「すみません、課長……」と小さくお辞儀をした。
それから、足音を立てずに部屋の奥まで来ると、透明な丸い石のようなものが乗っているデスクにちょこんと座る。
ストレートの黒髪でパッツン前髪。
抜けるように白い肌で、声も小さくて弱々しい。
体がとても弱そうなお姉さんだ。
首から下がっている社員証を見ると、『堀田忍(ほったしのぶ)』と書かれている。
「ほっちゃん、おはよう」
「……えっ?……ほっちゃん?」
「今日からそう呼ぼうかなって。だめ?」
自慢じゃないけど、私は人の名前を覚えるのが苦手なのだ。
だから、会った人にはこうやってすぐあだ名をつけて呼ぶようにしている。
ほっちゃんは一瞬だけ私の目を見たけど、すぐに目をそらし、「べ、別に私は構いません」と小さな声で言った。
目がキョトキョトと右へ左へ動いている。
あだ名で呼んでみただけなのに、かなり驚いているというか、怯えてるといった方が言いかもしれない。
あだ名で読んだのがそんなにまずかったのかな。
でも、友だちになるにはまずはあだ名で呼ぶのが一番だと私は思うけど。
ほら、あだ名で呼び合うだけで距離が急に縮まるっていうかさ。
「私のこと、課長じゃなくて、松子って呼んでよ」
「……は?」
「松川陽子、略して松子」
「あ、あの……すみません。呼べません……」
「どうして? 適当に考えた割には、結構いいと思うんだけど。呼びやすくない? 松子ーって」
ほっちゃんは黙り込んでしまった。
見ると目にうっすら涙が浮かんでいるのが見えて、私はぎょっとして後ずさった。
弱いものいじめをしているような、なにか自分がすごくひどい人間みたいな気分になる。
「あの……ごめん、ね? 無理なら全然いいの。うん、全然! 全然、大丈夫!」
「いえ……私が悪いんです」
ほっちゃんは、きっちりとアイロンの当てられた薄桃色のハンカチをバッグから取り出すと、ぐすんと鼻をすすった。
ドアのところに立ち止まったまま、他にも社員がいるのかと考えていたら、いつの間にかドアが開いていて、女の人が立っていた。
「あぁ、びっくりしたぁ」
私が胸をおさえてそうもらすと、女の人はドアの前で私に向かって、「すみません、課長……」と小さくお辞儀をした。
それから、足音を立てずに部屋の奥まで来ると、透明な丸い石のようなものが乗っているデスクにちょこんと座る。
ストレートの黒髪でパッツン前髪。
抜けるように白い肌で、声も小さくて弱々しい。
体がとても弱そうなお姉さんだ。
首から下がっている社員証を見ると、『堀田忍(ほったしのぶ)』と書かれている。
「ほっちゃん、おはよう」
「……えっ?……ほっちゃん?」
「今日からそう呼ぼうかなって。だめ?」
自慢じゃないけど、私は人の名前を覚えるのが苦手なのだ。
だから、会った人にはこうやってすぐあだ名をつけて呼ぶようにしている。
ほっちゃんは一瞬だけ私の目を見たけど、すぐに目をそらし、「べ、別に私は構いません」と小さな声で言った。
目がキョトキョトと右へ左へ動いている。
あだ名で呼んでみただけなのに、かなり驚いているというか、怯えてるといった方が言いかもしれない。
あだ名で読んだのがそんなにまずかったのかな。
でも、友だちになるにはまずはあだ名で呼ぶのが一番だと私は思うけど。
ほら、あだ名で呼び合うだけで距離が急に縮まるっていうかさ。
「私のこと、課長じゃなくて、松子って呼んでよ」
「……は?」
「松川陽子、略して松子」
「あ、あの……すみません。呼べません……」
「どうして? 適当に考えた割には、結構いいと思うんだけど。呼びやすくない? 松子ーって」
ほっちゃんは黙り込んでしまった。
見ると目にうっすら涙が浮かんでいるのが見えて、私はぎょっとして後ずさった。
弱いものいじめをしているような、なにか自分がすごくひどい人間みたいな気分になる。
「あの……ごめん、ね? 無理なら全然いいの。うん、全然! 全然、大丈夫!」
「いえ……私が悪いんです」
ほっちゃんは、きっちりとアイロンの当てられた薄桃色のハンカチをバッグから取り出すと、ぐすんと鼻をすすった。