あなたが生きるわたしの明日
亜樹ちゃんのおかげで、陽子さんのことがすこしだけわかった。

元は商品企画部っていうところで、よくわかんないけど、商品を作ったり考えたりする人だったんだ。
それが、『あんな男』に引っかかったせいで、この倉庫にいかされることになったわけだ。
罰ゲームみたいなもの?
それとも見せしめなの?
ということは、みんな一見のんびりして見えるけれど、実はものすごく忙しくて大変な課なんだ。
そのつらさを一瞬でも忘れるために、漫画本や丸い玉や手鏡で現実逃避しているんだ。

会社のデスクにそんなものがあるなんておかしいと思ったけど、なるほど、そういうわけだったのか。
いわゆる、過労死とかしちゃう人がいるような過酷でそりゃもうブラックな課、それがこの『資料整理課』。

なんて恐ろしい。

あと、もうひとつわかったことがある。

『あんな男』がどんな男なのかはわからないけど、亜樹ちゃんや凪くんやほっちゃんが知っているということは、会社の人なのだ。
陽子さんをこんな過酷な課に追いやった男とはどんな男なんだろう。
その男と陽子さんの間に一体なにがあったのだろう。

私が特にリアクションをしなかったからか、凪くんもほっちゃんも私の様子をうかがうのをやめて、それぞれのパソコンを立ち上げ始めた。

一体、ここではどんな仕事をするのだろうと思って見ていたけれど、三人ともただパソコンを立ち上げただけで特にそれ以上キーボードを触ることもなく、亜樹ちゃんは手鏡を、凪くんは漫画本を、ほっちゃんに透明な丸い玉をそれぞれ見ている。
嵐の前の静けさといったところか。

私もみんなの真似をして、パソコンの電源をいれる。
パスワードを入力する画面がでると、なにか考えるまでもなく陽子さんの指が勝手に動いて、四桁の数字を入力してくれた。
画面上には、資料確認依頼という文字と件数0の文字。
資料、確認、依頼、0。
ひとつずつ意味を考えてみる。
書類というのはこの倉庫内にあるファイルのことだろうか。
たしか、この倉庫には『資料整理課』と書かれていたから間違いないと思う。
それを確認するのが私たちの仕事で、今はその依頼が0ということなのか。
きっと今にこの数字が十、二十、いや百、千と増えていくのだろう。
数分後にはこの倉庫内は上に下にの大騒ぎになっているにちがいない。

< 26 / 94 >

この作品をシェア

pagetop