あなたが生きるわたしの明日
三十二階のワンフロアが社員食堂だった。
大きなガラス窓から太陽の光が差し込む。
午前中、ずっと薄暗い倉庫内にいたせいで、私は思わず目を細めた。
「今日の日替わりはなにかなぁ」
社員食堂にはたくさんの社員がいて、メニューが見えないほどだ。
凪くんが背伸びをして「根菜入りハンバーグです」と教えてくれた。
「私、それにする!」
「俺、買ってきますよ! 課長、席取っててください」
「オッケー」
長い列に並んだ凪くんたちに日替わり定食のお金を渡して、四人が座れそうなテーブルを探す。
ちょうどあいた席は窓際の四人掛けのテーブルだった。
橋っこの方に座り、窓から下を見ると、駅前のビルや道を走る車がとても小さく見える。
「お待たせでーす」
凪くんが両手にトレイを持って器用に運んできてくれた根菜入りハンバーグは大根おろしがかかっていてとてもおいしそうだ。
そう、これこれ。テレビでみたやつ。
凪くんにお礼をいい、割り箸に手を伸ばす。
他の三人も同じものを頼んでいた。
「いっただきまーす」
四人で手を合わせる。
なんだかいい。
なんだかみんなとなかよくなれる気がする。
「掃き溜め課の人じゃん」
根菜入りハンバーグがおいしくて夢中で食べていたら、そんな言葉が耳に入ってきたて、思わず手が止まった。
後ろの席だろうか。
私と凪くんからは見えない背中の方から聞こえてきた女の人の声。
悪口ってどうして小声なのに聞こえるんだろう。
そして、なぜそれが悪口だって一瞬でわかってしまうのだろう。
聞こえたのは他の三人も同じだったらしく、みんな同時にお箸が止まった。
「あの人、左遷されたんでしょ?」
「そうそう。あとの人は、他の部署で使い物にならなかったらしいよ」
「いいなー、暇そうで」
「じゃあ掃き溜め課行く?」
いやだぁ、とすこしだけ大きな声で女の人は笑った。
「あんな課に行かされるくらいならやめるって」
亜樹ちゃんの顔を見ると、真っ赤になっている。
ほっちゃんはすでに涙目だ。
凪くんは隣に座っているから、表情はわからなかった。
「しかも商品企画部から掃き溜め課だもんね」
「不倫なんかするもんじゃないね」
不倫!?
いくら高校生の私でも不倫くらいは知っている。
驚きよりも、なるほどそうだったのか、という気持ちの方が大きかった。
あの男とはつまり、不倫相手のことなのだろう。
会社の人との不倫がばれて、陽子さんは商品企画部から書類整理課に『左遷』とやらをされてしまったのだ。
「ちょっとぉ!!」
なるほどなるほど、とひとりで納得していたせいで、亜樹ちゃんの怒りが最高潮になっていることに気づかなかった。
「あんたたち! なんてこと言うのよ!」
思わず振り返ると、二人のお姉さんたちの顔がひきつっている。
「亜樹ちゃん!」
「大原さん!」
凪くんとふたりであわてて止めようとするものの、亜樹ちゃんの怒りはおさまらない。
「よくも課長のことを……」
「亜樹ちゃん! やめなって!」
亜樹ちゃんはいまにも女性社員に掴みかかりそうだ。
周りに座っていた社員たちから注目され、ほっちゃんはしくしくと泣き出した。
「私は! 私は大丈夫だから! 平気だから! ね?」
大丈夫もなにも、私本人のことじゃないから、べつに痛くもかゆくもないのだ。
すると突然、凪くんが立ち上がって女性社員の方を振り向いてにっこり笑った。
亜樹ちゃんも私も女性社員もほっちゃんも周りの社員もみんな黙って凪くんに注目した。
「みんな勘違いしてるみたいだけど、資料整理課はかなり重要な仕事をしてるんだよ」
その言葉に一番驚いたのは、他でもない資料整理課の三人だったと思う。
「忙しいからそろそろ戻らなくちゃ。じゃあお先に」
凪くんにつられて、私たちもトレイを持って立ち上がった。
亜樹ちゃんはあまりに驚いて、怒りはおさまったようだし、ほっちゃんの泪もひっこんだようだ。
私たちは、ぽかんとしている他の社員を残して社員食堂をあとにした。
大きなガラス窓から太陽の光が差し込む。
午前中、ずっと薄暗い倉庫内にいたせいで、私は思わず目を細めた。
「今日の日替わりはなにかなぁ」
社員食堂にはたくさんの社員がいて、メニューが見えないほどだ。
凪くんが背伸びをして「根菜入りハンバーグです」と教えてくれた。
「私、それにする!」
「俺、買ってきますよ! 課長、席取っててください」
「オッケー」
長い列に並んだ凪くんたちに日替わり定食のお金を渡して、四人が座れそうなテーブルを探す。
ちょうどあいた席は窓際の四人掛けのテーブルだった。
橋っこの方に座り、窓から下を見ると、駅前のビルや道を走る車がとても小さく見える。
「お待たせでーす」
凪くんが両手にトレイを持って器用に運んできてくれた根菜入りハンバーグは大根おろしがかかっていてとてもおいしそうだ。
そう、これこれ。テレビでみたやつ。
凪くんにお礼をいい、割り箸に手を伸ばす。
他の三人も同じものを頼んでいた。
「いっただきまーす」
四人で手を合わせる。
なんだかいい。
なんだかみんなとなかよくなれる気がする。
「掃き溜め課の人じゃん」
根菜入りハンバーグがおいしくて夢中で食べていたら、そんな言葉が耳に入ってきたて、思わず手が止まった。
後ろの席だろうか。
私と凪くんからは見えない背中の方から聞こえてきた女の人の声。
悪口ってどうして小声なのに聞こえるんだろう。
そして、なぜそれが悪口だって一瞬でわかってしまうのだろう。
聞こえたのは他の三人も同じだったらしく、みんな同時にお箸が止まった。
「あの人、左遷されたんでしょ?」
「そうそう。あとの人は、他の部署で使い物にならなかったらしいよ」
「いいなー、暇そうで」
「じゃあ掃き溜め課行く?」
いやだぁ、とすこしだけ大きな声で女の人は笑った。
「あんな課に行かされるくらいならやめるって」
亜樹ちゃんの顔を見ると、真っ赤になっている。
ほっちゃんはすでに涙目だ。
凪くんは隣に座っているから、表情はわからなかった。
「しかも商品企画部から掃き溜め課だもんね」
「不倫なんかするもんじゃないね」
不倫!?
いくら高校生の私でも不倫くらいは知っている。
驚きよりも、なるほどそうだったのか、という気持ちの方が大きかった。
あの男とはつまり、不倫相手のことなのだろう。
会社の人との不倫がばれて、陽子さんは商品企画部から書類整理課に『左遷』とやらをされてしまったのだ。
「ちょっとぉ!!」
なるほどなるほど、とひとりで納得していたせいで、亜樹ちゃんの怒りが最高潮になっていることに気づかなかった。
「あんたたち! なんてこと言うのよ!」
思わず振り返ると、二人のお姉さんたちの顔がひきつっている。
「亜樹ちゃん!」
「大原さん!」
凪くんとふたりであわてて止めようとするものの、亜樹ちゃんの怒りはおさまらない。
「よくも課長のことを……」
「亜樹ちゃん! やめなって!」
亜樹ちゃんはいまにも女性社員に掴みかかりそうだ。
周りに座っていた社員たちから注目され、ほっちゃんはしくしくと泣き出した。
「私は! 私は大丈夫だから! 平気だから! ね?」
大丈夫もなにも、私本人のことじゃないから、べつに痛くもかゆくもないのだ。
すると突然、凪くんが立ち上がって女性社員の方を振り向いてにっこり笑った。
亜樹ちゃんも私も女性社員もほっちゃんも周りの社員もみんな黙って凪くんに注目した。
「みんな勘違いしてるみたいだけど、資料整理課はかなり重要な仕事をしてるんだよ」
その言葉に一番驚いたのは、他でもない資料整理課の三人だったと思う。
「忙しいからそろそろ戻らなくちゃ。じゃあお先に」
凪くんにつられて、私たちもトレイを持って立ち上がった。
亜樹ちゃんはあまりに驚いて、怒りはおさまったようだし、ほっちゃんの泪もひっこんだようだ。
私たちは、ぽかんとしている他の社員を残して社員食堂をあとにした。