あなたが生きるわたしの明日
「ひとつひとつ始めから説明いたしますから、ご不明な点やご不満な点がございましたら、話をさえぎっていただいて構いません。どうぞその都度、ご質問ください」
「オッケー!」
元気よく答えてから、両手で大きな丸を作る。
さっきも聞いたけど、実は話がさっぱりわからなかったのだ。
そんなに頭がいい方でないことは認めるけれど、人並み程度に理解力はあるつもりなのに、まるで手で水をすくうみたいに、聞いたそばから頭から流れていってしまう。
次こそは理解したいという、私なりのやる気を見せたつもりだけど、サトルはそれに対してなんの反応もみせなかった。
「では、始めます」
至って事務的にというか、まるで動画を再生するみたいに、慣れた様子でサトルが話し始める。
きっと、何十回、何百回もこの説明をしてきたのだろうなと思った。
「藤木莉央さん、十八歳。住所と生年月日はここに記載されているもので、お間違いないですね?……では続けます。藤木様はついさきほど、自宅近くの路上を歩いていた際、交通事故に巻き込まれて死亡されたわけなんですね。実感がない? そうでしょう。みなさん、そうおっしゃられます」
ここでサトルはうんうんと二回深くうなずいた。
「今の状態をご説明いたしまう。あ、状態というのは藤木様の肉体のほうですが、今は病院の霊安室で保管されてます。あ、保管という言い方はよくないですね。ええと、眠られています。あ、死んでるんですけど。なんて言えばいいんだっけか……。とにかく、霊安室に藤木様の肉体はあるんです。で、お父様とお母様、それに妹さんですね、あなたのそばで泣いてます。当然ですよ。家族が突然死んじゃったんですから」
サトルは見るに堪えないと言った様子で、ため息をついて首を横に振った。
その仕草がとても芝居がかっていて、私は「まぁね」と軽く笑う。
「さて、さきほどもご説明いたしましたけど、臓器移植法改正に伴いまして、ご本人……この場合藤木様ですが、の同意がなくても、ご家族の承諾があれば臓器提供できるようになったんですが、藤木様、この件についてなんらかの意思はございましたか?」
「……ん? 意思?」
「ええ、こちらの資料では、藤木様に臓器提供のご意志がある、となっているのですが……。ドナーカードという言葉に聞き覚えはございませんか?」
あ、知ってる。
いつだったか、妹の沙耶(さや)とそんなテレビの特集を見ていた時に、『お姉ちゃんも書いときなよ』と言われて深く考えもせずに丸をつけたんだ。
ドナーカードは街でもらったポケットティッシュについていた。
沙耶はなぜか「眼球だけはなんかやだなぁ」と言ってそこにだけ丸はしなかったんだっけ。
「そうそう、適当にあげるの方に丸したよ。でも、あのカードどこに置いたか忘れちゃった」
「ブラボー! 結構です。では、ご意志に間違いないということで、こちらにご署名お願いいたします。さっそく手続きに移らせていただきます」
「手続き?」
渡されたシルバーのボールペンで、サトルの指さす場所に『藤木莉央』と書きながら聞き返すと、サトルは「ええ、臓器提供の手続きです」と答えた。
「まったく素晴らしい。藤木様はすべての臓器に丸をされていますからね。脳死ではなく心停止ですから、腎臓、膵臓、眼球になりますが、これで救われる命がいくつあることか。しかも、藤木様の肉体はまだ若く健康だ。本当に素晴らしいことです」
「私の肉体?」
素晴らしい、素晴らしい。
サトルは何度も繰り返す。
「え? 待って? 私の内臓を誰かにあげるっていうこと? 肺とか胃とか脳ミソとか?」
脳ミソは移植できません、とサトルはきっぱりと否定する。
「今から臓器移植課のスタッフに連絡いれますので、すぐドナーカードが発見されるはずですよ。藤木様の場合は心停止ですからね、急がないと臓器の機能が低下してしまう」
妹さんあたりが思い出す感じになるかなぁ、とサトルはつぶやく。
「え、待って待って」
「あ、なにかご不明点ございますか? やっぱりこれはあげたくないっていう臓器なんかがありましたら、遠慮なくおっしゃってください。あげちゃってからは遅いですからね」
「不明っていうかさぁ」
さっきも一通り説明されたんだけど、さっぱり話がわからない。
交通事故とか霊安室とか臓器移植とか。
「なんか、私死んじゃったみたいじゃない?」
「オッケー!」
元気よく答えてから、両手で大きな丸を作る。
さっきも聞いたけど、実は話がさっぱりわからなかったのだ。
そんなに頭がいい方でないことは認めるけれど、人並み程度に理解力はあるつもりなのに、まるで手で水をすくうみたいに、聞いたそばから頭から流れていってしまう。
次こそは理解したいという、私なりのやる気を見せたつもりだけど、サトルはそれに対してなんの反応もみせなかった。
「では、始めます」
至って事務的にというか、まるで動画を再生するみたいに、慣れた様子でサトルが話し始める。
きっと、何十回、何百回もこの説明をしてきたのだろうなと思った。
「藤木莉央さん、十八歳。住所と生年月日はここに記載されているもので、お間違いないですね?……では続けます。藤木様はついさきほど、自宅近くの路上を歩いていた際、交通事故に巻き込まれて死亡されたわけなんですね。実感がない? そうでしょう。みなさん、そうおっしゃられます」
ここでサトルはうんうんと二回深くうなずいた。
「今の状態をご説明いたしまう。あ、状態というのは藤木様の肉体のほうですが、今は病院の霊安室で保管されてます。あ、保管という言い方はよくないですね。ええと、眠られています。あ、死んでるんですけど。なんて言えばいいんだっけか……。とにかく、霊安室に藤木様の肉体はあるんです。で、お父様とお母様、それに妹さんですね、あなたのそばで泣いてます。当然ですよ。家族が突然死んじゃったんですから」
サトルは見るに堪えないと言った様子で、ため息をついて首を横に振った。
その仕草がとても芝居がかっていて、私は「まぁね」と軽く笑う。
「さて、さきほどもご説明いたしましたけど、臓器移植法改正に伴いまして、ご本人……この場合藤木様ですが、の同意がなくても、ご家族の承諾があれば臓器提供できるようになったんですが、藤木様、この件についてなんらかの意思はございましたか?」
「……ん? 意思?」
「ええ、こちらの資料では、藤木様に臓器提供のご意志がある、となっているのですが……。ドナーカードという言葉に聞き覚えはございませんか?」
あ、知ってる。
いつだったか、妹の沙耶(さや)とそんなテレビの特集を見ていた時に、『お姉ちゃんも書いときなよ』と言われて深く考えもせずに丸をつけたんだ。
ドナーカードは街でもらったポケットティッシュについていた。
沙耶はなぜか「眼球だけはなんかやだなぁ」と言ってそこにだけ丸はしなかったんだっけ。
「そうそう、適当にあげるの方に丸したよ。でも、あのカードどこに置いたか忘れちゃった」
「ブラボー! 結構です。では、ご意志に間違いないということで、こちらにご署名お願いいたします。さっそく手続きに移らせていただきます」
「手続き?」
渡されたシルバーのボールペンで、サトルの指さす場所に『藤木莉央』と書きながら聞き返すと、サトルは「ええ、臓器提供の手続きです」と答えた。
「まったく素晴らしい。藤木様はすべての臓器に丸をされていますからね。脳死ではなく心停止ですから、腎臓、膵臓、眼球になりますが、これで救われる命がいくつあることか。しかも、藤木様の肉体はまだ若く健康だ。本当に素晴らしいことです」
「私の肉体?」
素晴らしい、素晴らしい。
サトルは何度も繰り返す。
「え? 待って? 私の内臓を誰かにあげるっていうこと? 肺とか胃とか脳ミソとか?」
脳ミソは移植できません、とサトルはきっぱりと否定する。
「今から臓器移植課のスタッフに連絡いれますので、すぐドナーカードが発見されるはずですよ。藤木様の場合は心停止ですからね、急がないと臓器の機能が低下してしまう」
妹さんあたりが思い出す感じになるかなぁ、とサトルはつぶやく。
「え、待って待って」
「あ、なにかご不明点ございますか? やっぱりこれはあげたくないっていう臓器なんかがありましたら、遠慮なくおっしゃってください。あげちゃってからは遅いですからね」
「不明っていうかさぁ」
さっきも一通り説明されたんだけど、さっぱり話がわからない。
交通事故とか霊安室とか臓器移植とか。
「なんか、私死んじゃったみたいじゃない?」