あなたが生きるわたしの明日
「すみません」

企画部と書かれたドアを開けると、すぐ近くに座っていた男性社員に声をかけた。
見るからにさわやかな、眼鏡をかけた三十歳くらいの人だ。

周りに座っていた人たちが一斉に手を止めて私の顔を見る。
あれ?仕事の邪魔しちゃったかな。

「あっ、主任! お、お疲れさまです!」

「ん? しゅにん?」

この人、陽子さんのことを主任と言った。
主任がなんなのかわからないけど、陽子さんとこの人は知り合いみたいだ。
知り合いなら頼みやすい。

「ええと、ラベルライターを貸して欲しいだけど、あります?」

「ラベルライター……ですか」

男の人は困ったように目を泳がせる。

「使ってるとかならいいです。他のとこ行きますから」

「あ、違うんです。ちょっと待ってて戴けますか?」

男の人は立ち上がると奥の方に座っている四十代くらいのおじさんに話しかけた。

あの人がここの偉い人なのかな?
ちょっと渋い感じでたしかに偉い人っぽいな。

ふと周りに目をやると、他の社員たちがこっちを見ている。
目が合うとあわてて目をそらされた。
なんなの、感じ悪い。

しばらくするとさっきの男の人が手にラベルライターをもって戻ってきた。

なんだ、貸してくれるんならさっさと持ってきてくれればいいのに。
人の顔はじろじろと見るし、ラベルライターはすぐ貸してくれないし、なんだか意地悪な部署だ。

「これ、どうぞ。替えのテープもあります」

「ありがとうございます。しばらくこれ借りますね」

ぺこりとお辞儀をして出ようとすると、男の人に「あの……」と声をかけられた。

「なんですか?」

振り返ると、男の人は私の顔を五秒ほど黙って見つめたあとで「いえ…お疲れさまです」とだけ言った。

なにも用事がないなら引き止めるな!
こっちは重要な仕事があって忙しいのよ!と心の中で叫んでドアを開める。

倉庫に戻りながら、さっきの私、まるで凪くんみたいだったな、と思うと笑みがこぼれた。
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