あなたが生きるわたしの明日
サトルはポカンと口を開けたまま、しばらく私の顔をじっと見つめた。
それから、う、うんと咳払いをして「なるほど」と聞き取れないくらいに小さな声で言った。

「そうですよね。藤木様のようなお若い方は、いきなりあなたもう死んでるんですよなんて言われて、ああそうですか、なんて言えないですよね。最近、高齢のお客様ばかりだったので、すっかり失念いたしておりました。配慮にかけておりましたこと、お許しください」

両ひざに手を置いて頭を下げるという、武士みたいなお辞儀をされて、私は「いいんだけどさ」と答えた。

「見ていただくのが一番わかりやすいかもしれませんね」

サトルはソファの脇に置いてあった黒いビジネスバッグからタブレットPCを取り出すと、慣れた手つきでなにか入力し、私の方に画面を向ける。

「ご覧ください。これが現在の藤木様の肉体の状況です」

差し出されたタブレットPCにはある写真が映っていた。
場所的に天井から撮っているようなアングルで部屋全体が映し出されている。

これがさっきサトルの言っていた霊安室なのだろう。
おじいちゃんのお葬式の時に見た、祭壇のようなものがあり、ろうそくに火が灯っている。

真ん中に白いベッドがあり、その周りでお父さんとお母さん、それに沙耶がベッドにすがるようにして泣いている。
そして、そのベッドで横になっているのは。

「え、これ私じゃん。てか、死んでるじゃん」

本当に驚いたとき、人間は思わず笑ってしまうらしい。

ちょっとちょっと、と知らず知らずのうちにつぶやきながら、私は画面の中の私を見つめる。
ベッドに寝かされた私の顔には目立った傷なんかはなくて、一見すると寝ているように見えなくもないけれど、不思議とそこから『生』の気配は全くなかった。
画面越しでも伝わる『死』の匂いだった。

「ご理解いただけましたか?」

何分くらい見ていたのだろう。
サトルの声に我に返り、顔を上げるとサトルは「そういうことです」と淡々と言った。

ピコンと小さな電子音が鳴って、サトルが「失礼します」と断りながらスーツの内ポケットからスマホを取り出す。
まだぼんやりしている私の目の前で、内容を確認したらしいサトルは安心したように少し微笑んだ。

「手続き完了です。妹さんがドナーカードの存在を思い出し、無事藤木様のご自宅の机の中から発見されたそうです。これから臓器摘出に入るそうです」

「待って待って! やだやだやだ! 私、まだ生きてるもん! 臓器とか持っていかないで!」

「藤木様、落ち着いてください。死んでます」

「生きてるもん!」

「死んでます」


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