あなたが生きるわたしの明日
「……すみません。私、なんにも言い返せずにのこのこ戻ってきちゃって……私、もう一度……行ってきます……」

「いや、私が行ってくるよ」

「……でも」

「いいからいいから」

立ち上がろうとするほっちゃんを手で制して、総務部に向かう。

部下の敵は課長が取らなきゃ。
言われてばかりは悔しい。

「すみませーん」

総務部に入ると、一番奥の席に座っている、一番年上っぽいおじさんに声をかけた。

「松川くんか」

「ラベルライター貸してください」

おじさんは露骨に嫌そうな顔をした。
はぁとこれ見よがしに、ため息までつく。

「なんに、使うのかな?」

あんたに言う必要あります?と思ったけど、まぁ別に隠す必要もないし、と思い直す。

「ファイルにシールを貼ろうと思いまして」

「ファイル?」

「書類整理課にあるファイルです」

「……なんのために?」

「作業効率を上げるためにです!」

そんなこともわからないのか、と語気が上がってしまった。

おじさんは笑った。
見ているこちらをこれ以上ないくらい、不機嫌にさせる笑いかたで。

「暇でいいねぇ」

「は?」

その声で顔を上げたおじさんの顔が中途半端な笑顔のまま固まった。
たぶん、私の顔がものすごく怖い顔になっていたからだろう。
なまはげみたいな。

「あ、いや、こっちの話。ラベルライターね、あそこの棚にあるから持っていっていいよ」

「どうも、ありがとうございます」

ひとことひとこと区切るようにゆっくりと低い声でお礼を言い、棚に向かおうとすると、おじさんが小さい声で「お局様を怒らせると怖いねぇ」と言うのが聞こえた。

「私はお局様ではありません」

みんなにも聞こえるように大きな声で言い返した。

「それはセクハラです。女性の年齢に対してのセクシャルハラスメントです。それに、さっき堀田さんにラベルライターを貸してくれなかったのは、パワハラです」

学校でこの前習ったばかりの知識をひけらかしてやった。
最近の高校生ではこういうこともきちんと学んでいるのだ。

「では、失礼します」

最後ににっこり笑って総務部のドアをバタンと閉める。
ほっちゃんの敵はちゃんととったからね。

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