あなたが生きるわたしの明日
「こんな話、課長は興味深ければないだろうなって今まで黙っていたんですけど、
私去年までは営業部にいたんです。でも、しょっちゅう先輩や上司と揉めちゃって……。私、口が悪いっていうか思ったことはっきり言っちゃうみたいで何回も注意されたんですけど、自分じゃなんのことかよくわからないんですよね」

「だろうねぇ」と凪くんがしみじみと言う。
ほっちゃんでさえも、うんうんとうなづいた。

「周りから、はきだめ課に異動おめでとうなんて言われて、やめちゃおうかなって思ってたけど、やめないでよかったです。課長と働けるし、最近やることあって楽しくなってきたし」

亜樹ちゃんはビールを飲み干し「おかわりー」と店員さんに向かって叫ぶ。

「凪くんは前はどこにいたの?」

聞いてからしまった、と思った。
こんなこと、一緒に働いているなら知っていて当然なのに。

「俺っすか? 俺は情報システム部っす」

凪くんは不思議がることもなく答える。
そうか。
陽子さんはほとんどこの三人と会話をしていなかったのだろう。

みんなの憧れであったはずなのに、不倫が原因で花形の部署からはきだめ課といわれる仕事に“させん”された陽子さん。
一体どんな気持ちで毎日過ごしていたんだろう。

「情シス部のときは、書類整理課があることも知らなかったんすよ。ここに異動になって俺まだ半年くらいなんすけど、情シス部がすげぇ忙しかったし、俺めっちゃ働いてたからしばらくここで英気を養え的な、会社の上の人たちの愛なのかなって。だって、あんまり働き過ぎて体壊したりしたら大変ですもんね」

「そうだね、はいはい」と亜樹ちゃんが適当に返事をする。

「ほっちゃんは?」

「わ……私は二年前まで広報部にいました」

「へぇ、そうなんだ」

営業部も情報システム部も広報部もどんな仕事をしているのか私にはよくわからないけれど、会社にはたくさんの部署があって、そこでたくさんの人が働いていることはわかった。

「私は……ひ、人と話すのが苦手なので、自分でこの課に来たいって言ったんです」

「え、そうなの?」と亜樹ちゃんが驚いた声を出す。

ほっちゃんはこくりとうなづいて「あ……でもみなさんと話すのがいやとかそんなんじゃないです」と付け加える。

「ほっちゃんがいつも見てる丸い玉ってなに?」

前から気になっていたことをこの際だから聞いてみることにした。

「あ、あれは水晶です。……あれを見ていると心が落ち着くので」

会社で水晶……。

いくら私が十八歳でもそれがおかしいことはわかる。
だって、高校でもそんなことしていたら先生に怒られるのに。

書類整理課はそれだけ期待されていないということなのだろう。
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